元祖 巴の龍#8
「わしもおまえを実の息子と思うておる。わしには娘の葵しかおらぬ。
わしの跡は、この涼原洸綱(すずはらたけつな)の跡取りは、兵衛、おまえなのだぞ」
「はい、わかっております」
それから、と言おうとして洸綱は口をつぐんだ。
それから葵と夫婦(めおと)になって涼原(すずはら)の家を盛り立ててほしい。
洸綱はそう思いながら、口にするのをやめた。それはまだ早い。
もう少し後でもいい。いずれ兵衛も葵も自分の運命に気づくであろう。
それが逃れられないものであれば、今から言うことはないのだ。
丈丸(じょうまる)と呼ばれた幼き日より、葵とともに我が子同然に育ててきた。
先のいくさで妻を失い、妹夫婦とも別れ、この来良(らいら)に命からがら逃れてきた。
今となっては洸綱には、兵衛と葵だけが希望の光なのだ。
******************(再び、北燕山)
滝の流れる音を聞きながら、大悟と菊葉はやっと体を休めていた。
丈之介が家を出た直後、いきなり部屋の中で火の手が上がった。
菊葉を伴って外に出ると、芹乃の家も燃えているのが見えた。
駆け付ける間もなく、風狸(ふうり)の大群に夜空が覆われた。
後は彼らを斬りつけながら、ひたすら逃げた。
驚いたのは菊葉が、いつのまにか楓の形見の太刀をふるい、いっしょに戦っていたことだ。
しかし、そんなことをいつまでも驚いていられるはずもなく、丈之介たちに心を残しながら、大悟と菊葉は風狸から逃げた。
「もうすぐ夜明けだな」
白んでくる空を見て大悟は腰をあげた。
「何か朝飯になるようなものを獲ってくる。昼は風狸は動かない。ここで待っていてくれ」
重い体をひきずって、大悟は狩りに出かけた。
うさぎを捕まえて帰りながら、大悟は昨日からの一連の出来事を思い出していた。
普段は何もしなければおとなしい岸涯小僧(がんぎこぞう)。
闇に生きる風狸(ふうり)。
この北燕山に住んで十四年。襲われたことなどなかった。
それはすべて菊葉のせいなのか。
それとも、丈之介がいつも恐れていた追手なのか。
丈之介や芹乃、源じいが心配だった。
大悟が滝の近くまで来ると、水を浴びている人の姿が見えた。
大悟は、見てはいけない、と思い草むらに潜んだが、目をそらすことはできなかった。
後姿の菊葉がこちらを向いて水から上がってきた。
そして着物に手をかけると、そこには驚いて立ち尽くしている大悟がいた。
「見られてしまいましたか。すみません、騙すつもりはなかったのですが」
「何故だ、どういうことか説明してくれ。俺は父や芹乃とも逸れてしまった。
俺には事情を知る権利があると思う」
続く
ありがとうございましたm(__)m
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そして、またどこかの時代で
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