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甲斐くんの憂鬱#1
あちこちで手があがる。手に持っているカードはイエローかレッド。
イエローは電話後の手続きや報告についての相談。
レッドは電話中の相談だ。
―――やれやれだぜ。
甲斐悠祐は、好きなアニメの台詞の口真似をした、心の中で。
彼は電話を受けるオペレーターよりランクが上のアドバイザー。
一日中百人以上いるオペレーターの相談に回る。
走り回ると言った方が正しいかもしれない。
ほとんどクレーム処理の相談にのり、なんと答えて良いのか、また難しい部分は調べてアドバイスするのが仕事なのだ。
「怒ってます」
何が?
「お客様が○○で・・・・」
自分で調べろよ。何か月働いてるんだ。
「○月○日に・・・」
見たらわかるだろ。
「甲斐くん、ちょっとちょっと!」
今度は同じアドバイザーで、自分よりかなり年上の女性から。
彼女はキャリア入社で、他社での実力が認められて始めからアドバイザーとして入社したが、この仕事は初めてで、自分が聞かれてわからないと、必ず聞いてくる。
オペレーターじゃあるまいし、アドバイザーだろう。
いいかげん覚えろよ。
「甲斐さんて、すごく詳しいね」
「他の人が答えられなかったり、いつまでもごねていたお客さまに、うまく話す言い方とか、アドバイスうまいよね」
「それに言い方も優しいしね。」
「そう、誰にでも優しいよね。」
「今日さ、若い子来ちゃってさ、全然違うこと言われて、かえってクレームになっちゃった」
「あ、あのアドバイザーになったばかりの女の子、なんて言ったっけ?」
話しているのはオペレーターの女子。
ロッカールームは男子も女子も同じ。
入り口に男子の分が何列かあり、区切りがあって奥に女子のロッカールームがある。
本来ロッカールームでのおしゃべりは厳禁。
休憩室でと決まっている。しかし、常に電話を取っている現場では、休憩時間がバラバラで、さらに十分ほどしかない短い休憩時間に、知り合いと行きあうことなどほとんどない。
だから、つい油断して、口から出てしまったんだろう。
まる聞こえなんですけど。
甲斐が入口近くの男子ロッカー室にいることなど、誰も気づかない。
気づく前に出てしまおう。
甲斐くんの憂鬱#1
「SIRIUSの小箱」ってなあに?
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かあさん、僕が帰らなくても何も無かったかのように生きていってね
甲斐くんの憂鬱#2へ続く
https://note.com/mizukiasuka/n/n71acd231282b
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