テンシサマの誘惑(ちょっと不条理#12)
その店は まるで今さっきまで人がいたように 今あわてて出て行ったように見えた。
ベタベタと 仮押さえの張り紙が貼られている。
「どうしたの?何よ、これ!」
彼女が叫んでいる。
呆然と立ち尽くしていた私は 頭を殴られた思いで 痛みをこらえながら 目を伏せる。
「あなたが ここに投資すれば確実って言ったから 私 この店に10万円 投資したのよ。私にとっては大金なんだから!」
そう 子供のママ友に勧められ 私も同じく10万円投資していた。
ママ友は 100万円と言っていたが 私にも そんなに自由になるお金が無かったのだ。
そして、彼女に、ついこの投資話をしてしまった。
「友達がね、商売始める知人に100万円投資するんだって。投資金額によって 毎月売り上げに応じて 配当があるらしいよ。」
そう たまたま 幼馴染の彼女に話したのだ。
ところが彼女は、勧めたつもりは無いのに、この話に乗って来た。
自身もやりたいことがあり、店を出そうと思っていて、資金が足りないので困っていた、というのだ。
私自身 本当に儲かるのか自信は無かったが、彼女は乗り気になっていたし、ママ友には子供の友人の母と言う関係で義理もあり、私も10万円投資した。
しかし、実際 ママ友の知人の店が何を売っているのか よくわからなかったし、不安だらけのスタート。さらに、彼女だけに投資させるわけにはいかない、という幼馴染に対する責任のようなものだけが、私を支配していた。
そして、不安は杞憂では無くなった。
教えられた店に言ってみると 店はすでに差し押さえられており、今日会うはずだったママ友の知人はどこに消えたのか。逃げてしまったとしか思えなかった。
「私、あなたを信じたから10万円出したのよ。酷いじゃないの、どうしてくれるの!」
彼女の責める声は 胸に痛かったが、私自身どうしてよいかわからない。
ママ友に電話してみようか・・・・。
「やっぱり、テンシサマの言うとおりにしておけば良かった。」
テンシサマ?
「テンシサマの仲間には やめておいた方が良いって人もいたのよね。でも、私、お店、早く出したいって焦ってたし・・。悔しいわ。」
彼女のいうテンシサマは 人を癒す力を持っている方らしい。テンシサマから力をいただた方たちは それぞれ独立し 人の心を癒すお店を出す人が多いらしい。彼女も テンシサマから力をいただき 長年修行して いよいよ自分の店を出す準備をしていた。
しかし 資金繰りに苦労し つい私の話に乗ってしまったのだろう。
私は 彼女の店の邪魔をするつもりなど無かった。
今回の ママ友からの投資の件も 世間話として話しただけで 彼女をまきこむ気も 実際自分が投資する気も無かった。
しかし 彼女が投資すると言いだした時 話した私が 何もしないわけにはいかなかった。
「あなたを信用した私が馬鹿だったわ。もうテンシサマの言うことしかきかない!テンシサマの仲間にはソウルメイトだっているし 私のこと 何でもわかってくれるんだもの。」
彼女は そう言い捨てると 私が止めるのもきかず 帰ってしまった。
・・・彼女の失った10万円 私が彼女に返すべきだろうか。
私も楽な生活では無いが、働いているので いくばくかの蓄えはある。
ザッと計算しても なんとか 彼女に10万円 返せそうな気がする。いや、待てよ。確かに話したのは私。まるで誘ったような形になってはいるが、これは私が負担すべきお金なのか?
違う。これは、ママ友の知人への投資。その知人が彼女に返すべきお金。しかし、彼女は・・・。
私は、考え抜いて結局彼女との友情が壊れることを一番恐れている自分に気がついた。では、もう、ためらわず10万円、私が立て替えよう。彼女との友情と引き換えるなら、10万円は戻ってこなくてもいい。彼女には、ママ友の知人が返してくれたと言おう。
数日後、私は10万円用意して、彼女を訪ねた。彼女は出かけていたが、私には思い当たることがあった。彼女は テンシサマから力をいただいてから テンシサマ、 そして そのまわりの新しい友人との関係を大切にしていた。お店自体 テンシサマのお力をいただいて 開くのだから。
テンシサマ どんな方で どんな人たちが まわりにいるのだろう。
私は 思い切って そのテンシサマのご自宅を訪ねた。かくして やはり彼女は そこにいた。
しかし
「あなたね、彼女を騙した人って。」
いや、騙したわけでは・・・。
出てきた女性は 私が彼女を騙した、と決めつけた。おそらく この人はテンシサマではなく、テンシサマの とりまきの一人に違いない。
「私は、あなたと彼女のお付き合いも反対していたの。あなたは 彼女をダメにするわ。あなたのような友達がいては 彼女は苦しみが増すばかり。あなたはテンシサマも信じないでしょう?」
・・・人にはそれぞれ考え方があり、私は何も否定するつもりはない。何を信じても、人に迷惑さえかけなければ、本人がそれで幸せなら、それでいい、と私は考えている。だから、もちろん、テンシサマも否定はしていない。
「あなたを信じたばっかりに 彼女はお金を盗られた上、友達に騙されるという 心の傷を負ったのよ。もう、2度と 彼女の前には 現れないで。」
騙した覚えは無いが、そう取られてもしかたがない。それに 事実 10万円という大金を、彼女が失ったのは事実。言い訳のしようが無い。
「彼女は あなたと離れたくてもなかなか あなたが離してくれなくて悩んでいたのよ。テンシサマのことも お店のことも あなたには 何も話していなかったでしょう。私が、あなたのような人には話さないように アドバイスしていたのよ。」
やっぱり・・・。彼女が よそよそしくなって 心が離れていっているのは気付いていた。気付いていて、気付かないふりをしていたのだ。誰かに言わされているのでないか、と 思われる言動もあったし・・・。お店のことなど、彼女のそぶりから、私が気付いてしまったことだった。
「もう、彼女には 近づかないで!」
でも、この10万円 返したくて・・・。
「帰ってちょうだい。」
ピシャリ! と ドアが閉まった。
お金は もう返せないのだろうか。彼女には もう会えないのだろうか。
テンシサマ あなたが本当に人を癒す方ならば 人を排斥したり 差別したりすることは 本意なのですか?それとも あなたの たくさんんのお弟子さんたちが 誤解や勘違いをされているのですか?
私は、返そうと思って持ってきた10万円の封筒を持ったまま、彼女のいるであろうテンシサマのお宅を見つめていた。
終わり
2010年11月26日(金)
ありがとうございましたm(__)m
テンシサマの誘惑(ちょっと不条理#12)
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