エンドレスヒール#67 -3.11
この物語はフィクションであり、登場する人物・団体等は架空のものです。
2010年3月
日帰りで東京に出かけた。
昨年より、子供たちに会うために よく東京に出かけていたが、だんだん行くたびに、何かを見に行ったり、関東の友達に会ったりと、愉しみをふやしていっていた。
昨年 四月には、子供の入学式にかこつけて、「阿修羅展」を見ている。
また、その三年前には長男の卒業式の時に、合わせたように「ダヴィンチの受胎告知」が来日。朝早くに並んで見た。
そう、昨年暮れには、たまたま たった一週間 「萩生 望都 展」を行っていた土日に出かける用事があり、行く途中でそれを知り、帰りに見てから帰ってきている。
ノアヒール講座の内容は、仙台でのイベントと大きくは変わらなかった。
しかし、参加しているメンバーが一人も同じではないこと。
和美がノアヒールというNPOの 会員であること。
そして、まだ会員になって短い期間だが、ヒーリングを交互に行う時、相手の力の強さを感じることができた。
人によって、肩にふれたとたん のけぞるほどのエネルギーが流れ込んできた人もいた。
見えない・聞こえない・感じない 和美には新鮮な感覚だった。
そして、誘導瞑想でも見えたものが また 違っていた。
たった 二ヶ月ほどしかたってないのに、心の変化があったのだろうか。
何か 人の役に立ちたい。しかし、今は子供のために働かなければならない。
そう思い、何もかも飲み込んで仕事をしてきた。
しかし、もう 自分を解き放っても良いのではないか。
今まで 子供のためだけに働いてきた。
どんなことも、子供のためだと我慢してきた。
しかし、二人目の子が卒業した。
あと一人だけ。
学生は一人だけになる。
残りの人生を 考えなければいけない時がやって来たのだ。
自分が本当にやりたかったことをやる。
瞑想で見えた自分は、小さな場所から 飛び出そうとしていた。
私のやりたいことって・・・。
一日のノアヒール講座を終えて、新幹線で日帰りする。
和美の心の中の 女の子はどこへ行きたいのか。
頭に浮かんだのは、昔から考えていた福祉の仕事だった。
年をとって仕事をリタイアしたら、ボランティアをしたい。
しかし、今 資格取得すれば 仕事として生かせるのではないか。
和美の頭に 初めて ヘルパーという言葉が浮かんだ。
2011年5月23日(月)
エンドレスヒール#67 -3.11
私は泣いていない。理屈で理解しても、感情では納得していない。
私はもう一生、大丈夫にもならないし、落ち着くこともないだろう。
次回 エンドレスヒール#68 へ続く
https://note.com/mizukiasuka/n/n8283c319d593
前回 エンドレスヒール#66 は こちらから
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