エンドレスヒールⅡ-3.11 #37あさみの場合
2011年5月頃
震災から二ヶ月、浅海は新聞社などから出版された写真集を何冊か入手した。
電気の復旧が遅かったので、タイムリーで津波を見た関東以南の方々と違い、現地の人間は何が起こったのか、本当の意味で理解できていなかった気がする。
浅海の近くのバイパスまで水が来たのに、ラジオが無かった浅海の家では津波など知らなかった。
もし、もっと沿岸部に住んでいたら・・・それは、もう恐ろしくて想像できなかった。
そう考えると、ここまで津波の被害が大きくなるとは誰も予想していなかったのは当然だ。
まさか、自分の家が・・・まさか、自分の職場が・・・そして家族を失うなど、誰が予想できただろう。
精神状態の緊張がピークに達したのは、この二ヶ月目だったように思う。
生きていて申し訳ない。
理屈で考えれば、理不尽な話だ。
生きていて申し訳ないはずがない。
しかし、TVでの無作為の報道、ネットの安易な映像や書き込み、新聞での被害拡大の記事。
避難所で生き残られた方の、心のケアも叫ばれていた。
浅海も、近い状態に陥った。
避難所の方に比べたら自分は、いい方だ。
亡くなられた方に比べたら、自分は命を拾って幸せだ。
福島の方々に比べたら、ここに住んでいられるだけでいい。
そして、それが申し訳ない、という気持ちと、続く余震への恐怖を増大させた。
生きているのが、申し訳ない。
助かったのが、申し訳ない。
余震の続く中、今度は自分が もっともっと恐ろしい目に合うかもしれない。
すべては悪循環。
自粛。
我慢。
何をするにでも 申し訳ない、という気持ち。
もしかしたらの恐怖。
それらに苛まれ、心の行き場を失い、荒れてゆく気持ちを抑えられなかった。
2011年7月7日(木)
続く
エンドレスヒールⅡ-3.11 #37あさみの場合
※「生きていて申し訳ない」「助かって申し訳ない」などの気持ちは、今も同じです。
これは、一生なんだと思います。
かあさん、僕が帰らなくても何も無かったかのように生きていってね
次回 エンドレスヒールⅡ #38はこちらから
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