ノートの機嫌を損ねてはいけない
ノートがある。
未来を予見するわけではなく、某漫画のような恐ろしい力があるわけでもないノートがある。
ただひとつ、このノートは、誰かから受け取ったようだ。
「ノートの機嫌を損ねてはいけない」
そう、言われたようだ。
ノートを開く。ノートを読む。ノートの内容は、いつも事実だけ。
新聞やニュースなどで報道されたことや、自分の周りで起こった身近なことなど、事実だけが書き連ねてある。
ノートに書きこまれる事実が増えても、ノートはいっぱいにはならない。
兄が捕まった。両親も捕まった。理由はわからない。しかし、連れていかれて帰って来ない。
家で一人きりになり、目についたノートを開いた。
家族が捕らわれた事実が書いてある。
「無実の者に罪を作り、捕らえて山奥に幽閉し、粛清する。無実とは法律に触れていないという意味であるが、DNAに塗り込まれた危険因子を捕らえ、目覚める前に芽をつんでいる。幽閉先は〇〇山で‥‥‥」
悪い夢を見ているのか。いや、ノートは事実しか書かれない。無実の家族を助けたい。場所がわかれば、助けに行ける。
周到に計画をたて、練りに練った家族奪還計画。幽閉先の〇〇山の洞窟には、家族以外も囚われていた。
助けよう。怖さよりワクワクドキドキの手に汗握る緊張感。まるで漫画のヒーローにでもなったかのような高揚感。安全な場所まで逃げおおせると、ほっとして脱力感が襲った。
「ノートの機嫌を損ねてはいけない」
ノートは事実しか書かない。その事実をゆがめてはならない。
人でありたいならば。
ノートが消えていく。いや、見えなくなっていく。
違う。消えていくのはノートではない。
自分だ。自分自身だ。
「ノートの機嫌を損ねてはいけない」
危険だ。ノートを手にするのは。だめだ。手にしては。
あぁ、あらがえないのか。
せめて‥‥‥
「ノートの機嫌を損ねてはいけない」
少年はノートを手にしていた。誰からもらったのか、わからない。
でも、誰かから渡された気がする。そして、こう言われたのだ。
「ノートの機嫌を損ねてはいけない」
ノートの機嫌を損ねてはいけない
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