
甲斐くんの憂鬱 #3
新人で研修中のこのおばさん、由沢が引いたのだ。ババ抜きのババを引くように。
その時、まだ入って二週間にもならない由沢は、
「私は首になってもいいんですが、訴えられると会社に迷惑をかけるんで、そこは回避したいんですよね」
と毅然として言い放った。
甲斐はどうしたか。どうもしない。いつものアドバイスをしただけ。
長々と二時間以上もクレームが続いた後、さすがのおばさんもぐったりしていた。
翌日おばさん・由沢は上席に呼ばれ、とくとくと言い含められた、はず。
というのは、たいていこれで辞める。続くと心を病む者もいる。
その前に、自分が悪いのでは無いことを本人に強く納得させないと、どんなに教えても一人前のオペレーターになる前につぶれてしまうからだ。
そうだった。由沢は最初から誰にでも挨拶をしていた。
無視されてもしていた。そうだ。
甲斐も最初は気づかないふりをして無視していた。
今も、たまにPC仕事をしている時や、まわりにも人がいる時など、気づかないふりをして無視し続けている。
それがさっき、ロッカールームを出る時、つい頭を下げてしまった!
「聞いてます?」
あ・・・まづい。ちょっと、上の空だった。
「聞いてます、聞いてます」
「無視されたかと思った。」
無視してないよ!
無視・・・してたけど。
「お先します」
次々オペレーターが帰っていく。就業時間が過ぎても、電話の切れない者もいる中、終わった者から帰っていく。
「お先します」
「お疲れ様でした」
帰りのあいさつをするオペレーターたちに、アドバイザーたちが答えている。
「お先します」
廊下じゃニコリともしないで挨拶してるくせに、帰る時だけ笑顔かよ、あのおばさん。
由沢が笑いかけて挨拶したので、アドバイザーたちも笑顔で答えた。
甲斐は聞こえないふりをしながら、由沢が部屋の外での挨拶には無表情なことに気づいた。
おばさんも、挨拶めんどうなのかもしれない。
いや、できるだけ無視。おばさん相手は客よりめんどうだ。
終わり
読んでくださり、ありがとうございましたm(__)m
甲斐くんの憂鬱 #3
「SIRIUSの小箱」ってなあに?
過去作品・メルマガ HP/リザストはこちらから
最新作「駒草ーコマクサー」
弟が最後に見たかもしれない光景を見たいんですよ
甲斐くんの憂鬱 ♯1最初から
https://note.com/mizukiasuka/n/nc38fce87c9a2
いいなと思ったら応援しよう!
