元祖 巴の龍#35
安寧は田舎町だった。田畑が多くなかなか町の中心部に着かなかった。
ちょうど稲刈りの季節に入ったせいか、田んぼにはたくさんの農民が出ていた。
一日歩いても町らしきものはなく、菊之介は稲刈りをしている男に話しかけてみた。
「安寧の町まで行きたいのですが、あとどのくらい歩けば良いですか」
男は不思議そうに菊之介を見た。
「安寧の町ってここが安寧だが」
「えぇ、それはわかっています。そうではなくて町です。つまり、商家とか、城とか」
菊之介がそこまで言うと、男は、ははぁと膝を打って、遠くの山を指さした。
「城ならあれだ。そこに殿様がいる」
殿様、と聞いて菊之介も大悟も身が引き締まる思いがした。それは三つ口定継のことに違いない。
「だが商売の店はない。ここは農地と山林しかない町だ。
時々新城からいろいろ売りに来て、その時買いだめしておくのだ。
今来た道を反対にまっすく行けば海もあるが、魚も時々売りに来るだけで、なかなか手に入らん」
安寧自体、商業は発達していないようだ。
菊之介は山の方を見たが、どこが城なのかよくわからなかった。
菊之介はその男に礼を言うと、その日は野宿することにした。ここ一年の旅の生活で、もう野宿は慣れていた。
新城で姫として暮らしていた時には、考えられないこともあったが、実の兄である大悟との旅は、時に楽しく思えることも多くあった。
翌日菊之介と大悟は、男に教えてもらった山を登った。険しい山道を分け入って入ると、季節の植物や山の生き物が目に入った。しかし、たいして高くもない山なのに、一向に城は見つからなかった。
「ほんとうにこの山なのか」
大悟は見通しのつかない道行に、しだいに嫌気をさしてきた。
「昨日の男の話だとこの山に間違いないのですが、しかし城らしきものは見えませぬな」
「見えぬどころか、気配すら感じぬわ。あの者、偽りを申したのではあるまいな」
「兄上、少し休みましょうか。疲れてくると頭も働きません」
「頭、それはどういう意味だ。俺が」
「兄上、そうして怒っていることが疲れている証拠です」
続く
ありがとうございましたm(__)m
「駒草ーコマクサー」
弟が最後に見たかもしれない光景を見たいんですよ
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