
知識は人を救う。そして、ドラマを彩るクラシック音楽。 ミステリという勿れ
子どもが生まれた奥さんがピリピリしている、自分も色々と手伝ってるのに全然わかってくれないという池本巡査への、整(ととのう)くんの助言
子どもを生んだら女性は変わると言いましたよね?
それは当たり前です。
ちょっと目を離したら死んでしまう生き物を育てるんです。
問題なのはあなた(旦那さん)が一緒に変わっていないことです。
「ミステリと言う勿れ」
このドラマが放送されたのは今から1年前だけれど、このセリフを、私は今もしっかり覚えている。
1話を見て、すぐにこのドラマの虜になった。
原作は、田村由美さんが描くミステリー漫画。
ちゃんとミステリーなんだけれど、でも、事件を推理して犯人を捜すだけじゃない。社会問題から戦争まで、人と人が関わるこの世界で生きていくために大切なことを考えさせられるドラマ。
単なるミステリーと言うべきではない、まさしく”ミステリと言う勿れ”である。

主人公の久能整(くのう ととのう)くんは、頭がもじゃもじゃ、友達も彼女もいない、カレーが好きだけどカレーライスじゃないところにカレー味があるのは嫌い、記憶力が良い、心理学を学ぶ大学生。
そんな整くんが、なぜか事件に巻き込まれて、その冷静さと観察力で犯人を見つけ出しながら、その事件に関わる人間に対して、大切な言葉をくれる。
TVerで久しぶりに見ることができた。
心に沁みる言葉
このドラマは、とにかく整くんが話す言葉が心に沁みる。
現代を生きる人が抱えている悩みや、日本だけじゃなく世界の社会問題の本質的な部分を、優しく、目の前の相手に寄り添いながら語りかける。
男性社会の中で働く女性の存在意義とは
おじさんたちって、特に権力サイドにいる人たちって、徒党を組んで悪事を働くんですよ。都合の悪いことを隠蔽したり、こっそり談合したり、汚いお金を動かしたり。
そこに、女の人が一人混ざっていると、おじさんたちはやりにくいんですよ。悪事に加担してくれないから。鉄の結束が乱れるから。
(中略)
あなたは違う生き物なんだから、違う生き物でいてください。
なるほど。
言われてみれば、確かにそうかもしれないと思う。
私の存在が、鉄の結束を乱せるのか。
"多様性”とか”ジェンダーレス”とかの言葉がやたらと使われているけれど、元々みんな、違う生き物なんだ。分けようとするからおかしくなる。
女性は、無理に男性と同じように働く必要はない。
女性は女性だからこそできる役割があるし、”誰かの力になりたい”と思えば誰だって必死になるし、誰かに寄り添える。
そんなことを教えてくれる言葉。
人を見た目で判断することの怖さ
傍から見れば金持ちのボンボンで苦労知らずに見えてた。
でも、もしかしたらそれはあいつのプライドで、チャラチャラして見せてただけなのかもしれない。
あいつの真実はわからない。
”表の顔と裏の顔”、”本音と建て前”、そんなものは誰でもあって。
それが、本当の自分は隠したい存在だからなのか、自分を良くみせたいからなのか、誰かのためにと嘘をついているのか。
誰かを誰かが判断することなんてできなくて、その人のことはその人にしかわからない。
人には、猫にだって、プライドがあるよね。
誰もが、整くんの話に耳を傾けてしまう
池本巡査も言っていたけれど、自分が困った時、悩んだ時、整くんなら「欲しい言葉をくれそう」なんだ。
相手の表情や服装、そして言葉の選択や変化に気付く観察力。
ネクタイピンの石を見て、それがトパーズだとわかる。そしてそのトパーズは11月の誕生石で、語源が”探し始める”ことだという、記憶力や知識量。
主観じゃなくて、一時の感情でもなくて、あくまでも、そこにある事実をつなぎあわせて、出てきたことを伝えているだけ。
知識と優しさが、人を救っている。
菅田将暉さんは、3年A組の時もそうだけど、人に訴えかける、人に言葉を伝えるのが本当に上手だと思う。
ドラマを彩るクラシック曲の数々
このドラマを面白くしている要因の一つは、曲だ。
このドラマ、やたら曲が多い。しかもクラシック。
1話で、私が数えられただけでも12曲。
これらのおかげで、壮大な映画を見せられたかのような満足感を得られたんだと思う。さらに、捜査や犯人捜しという深刻なシーンであっても、どこか滑稽で面白く、笑えてしまうという効果をも与えている。
①ピアノ・ソナタ第16番(旧第15番) K.545:第1楽章
ドラマの冒頭
自宅近くで殺人事件が起きているとはつゆ知らず、少し冷たい秋の風を感じながら、「カレー日和だ」と、じゃがいもの形がなくなるまで煮込み、トッピングはコロッケにしようかメンチにしようかと考えている時に流れる。
これ、のだめが幼少期のシーンで、楽しそうに弾いていたなーと思い出した。
②チャイコフスキー: バレエ音楽「くるみ割り人形」 - 行進曲
警察が整くんの自宅に訪ねてきた時。
つまり事件の始まりを告げるのがこの曲。この音楽のおかげで、事件の深刻さをあまり感じさせない。
③「エルガー: 行進曲「威風堂々」」
最初の取り調べ中、一方的に疑われる整くんが警察に質問を投げかけ「何もしてない僕を冤罪に落とし込む程、警察は馬鹿なんですか」と。
潔白だからこそ、まさに堂々と言えるシーン。
ちなみに、ここまででまだ開始4分。
④バッハ: 無伴奏チェロ組曲第1番
初日の取り調べを追えて、風呂光巡査が書こうとしている退職届を見たり、整のことを馬鹿にしている池本巡査の会話を聞いた時。
⑤チャイコフスキー: バレエ音楽「くるみ割り人形」Op.71 - III. こんぺいとうの踊り
2日目の取り調べ中、風呂光巡査が指紋採取に手間取り、不穏な空気が流れる。
⑥J.S.バッハ: G線上のアリア
風呂光巡査の猫が目を離した隙に死んでしまったことに対して。
「風呂光さんのことが大好きだから。死ぬ姿を見せたくないという、猫のプライドと思いやりです」と、まさに整くんの言葉に救われるシーン。
⑦プロコフィエフ: バレエ音楽「ロメオとジュリエット」第2組曲
池本巡査のアイロンのかかっていないシャツや汚れた靴を見て、妊娠中の奥さんとの喧嘩を見抜いた整くん。
これも、のだめの、ミルフィのシーンで流れていたなー。
⑧ロッシーニ: 歌劇「ウィリアム・テル」:序曲(スイス軍隊の行進)
ゴミ捨てとは、どこからのことを指すのかを池本巡査に説明する。
”ごみ捨ての説明”で、この壮大な曲がかかることで、より面白さが引き立つ。
これ、運動会でよくかかってた。
⑨モーツァルト「ピアノソナタ第11番」(トルコ行進曲)
凶器のナイフが見つかり、整の指紋が付いていた。
整が自分のナイフで殺したパターンと、誰かが整のナイフを盗んで殺したパターンと2通り考えられる、「この違いをどう見分けるんですか?」と、至極普通の説明をしているシーン。
⑩J.S.バッハ: 小フーガ ト短調
仕事の鬼といわれる藪さん(警部補)の奥さんと息子さんがひき逃げされた話。パイプオルガンの美しい音色が、少し気味の悪さを醸し出す。
⑪スメタナ: 連作交響詩「わが祖国」:モルダウ
「人は主観でしかものを見られない。だから戦争や紛争で、敵同士でしたことされたことが食い違う。どちらも嘘を付いていなくても、話を盛っていなくても、必ず食い違う。真実は人の数だけある」という整。
高校の音楽の授業で歌ったなー、壮大だよね。
⑫アルビノーニ: アルビノーニのアダージョ
犯人だと思って藪さんが殺したのは、実は人違いだったという、悲しい現実を知るシーン。
事件は解決し、次のエピソードへ
そして、Ken Araiさんの曲もちりばめられている。
この曲のメロディが美しくて好き。
風呂光巡査に、「おじさんたちを見張る位置」だと自分の存在意義を諭すシーンに使われていた。
静かな悲しさの中に、明るい未来を想像させる。
いやー、改めて、本当に面白い。
人を救えたり、幸せにできる知識って、素敵ですね。