これが根子の暮らしー非日常と日常のあいだ
根子(ねっこ)
秋田県北秋田市阿仁地域根子。人口118人。世帯数57。
根子はアイヌ語で「流れるものが留まる場所」という意味をもつ。
すり鉢状の地形で四方を山に囲まれており、外界とはトンネル一本(もしくは山道)で繋がっている。
「彼はここから1時間くらいのところにある、山間の根子集落というところに住み始めたんだよ。」
「ねっこ」。はじめて聞いた時は土地の通称名かと思った。
五城目でも十二分に田舎なのに、ここよりもっと田舎に住む20代なんてどうかしているに違いない。やばい人がいるもんだなあとちょっとワクワクしながらも、もう会話できる機会は無いかもしれないなと思ったのを覚えている。
それから半年経って、まさか自分がもう会えないだろうと思っていた人に仲良くしてもらって、根子に約1ヶ月に1回程度の頻度で通って。タイミングが合えば根子番楽の飲み会に参加し、根子の人たちに顔と名前を覚えてもらうことが出来て、ほぼ毎日根子マタギコーヒーで焙煎された豆でコーヒーを淹れて、狩猟免許を取ることになるなんて想像もしていなかった。(狩猟免許を取ろうと考えていなかったら、私の住所は今もまだ実家のある神奈川県だったと思う)
根子のどこに惹かれるんだろう。
最初に訪れたのは真冬で、県内でも雪が多く降る阿仁地域は深い雪に覆われていた。一面の雪景色、澄んだ空気の心地良さ、旧西根商店横の小川の水が流れる音、雪山から帰ってきてホッと一息コーヒーを飲む温かい室内での時間。非日常と日常のあいだをゆらゆらと行き来しているような感覚が、当時の自分にとても合っていた。根子にいる時は必ずひとりの時間をどこかでとって、それまでの秋田の生活で感じたことや考えたことを言葉にしてノートに書き留めた。
それから何度か根子を訪れるうちに、地域に伝わる大切な文化の一つである根子番楽の練習を見させてもらう機会ができた。週1回、水曜夜の子どもたちの番楽練習の後は大人の飲み会の時間。はじめての飲み会では、なかなか話しかけてもらえないし、こちらも話しかけられなくて、どきどきソワソワしながら自己紹介するタイミングを1時間くらい伺っていたなあ。そういえば、2回目に参加した時は1人で参加して、とっても緊張したけれど、のどごし生に助けてもらって尻出しの約束をして帰宅したんだっけ。(何やってんだ笑)
根子番楽は2004年に国重要無形民俗文化財指定を受けた民俗芸能の一つで、山伏によって伝えられた神楽の一種だと言われている。毎年8月に根子番楽伝承館(旧根子小学校体育館)で上演される。
2022年は3年ぶりに番楽が上演される予定だったけれど、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止になってしまった。
暮らしの中の非日常
根子でキャンプとライブのイベントをやると聞いて、参加しない選択肢は無かった。あいにくの雨で体育館での開催になってしまったし、こちらもコロナの影響でクローズドなイベントになってしまったけれど、久しぶりの根子への道中、心は軽やかに弾んでいた。
会場である旧根子小学校体育館に到着して、ちょっぴり緊張しながらも、根子の人たちやはるばる新潟県燕市から来たゲストの方々と会話をする。一瞬でほぐれていく緊張感。誰もが知り合いの知り合いだったのもあって、お客さんも運営側も肩の力が抜けていて、協力して設営したり食事の準備をしているのがなんとも言えずよかった。
第一部のライブが始まる。さえきくん、たいらくんのソロパフォーマンス。大きすぎず小さすぎない体育館に吊るされたキャンプ用ランタンの灯り。かっこいい。渋い。痺れるなあ。いつもとはまた違う根子の過ごし方をドンっと見せつけられた気がして、こんな顔も持っているんだ、と驚く。
第一部が終了し、しばし談笑。突然、根子メンバーが動き出す。
番楽が始まる。最初の演目「露払」。もちろん、衣装も着用していないし、囃子などは当日現地にいるメンバーで実現しているので、本番とは異なるけれど、まさか今年見られると思っていなかったので思わず笑みがこぼれる。
タンタカタカタカ タンタカタカタカ タンタカタカタカ タン タンタカタカタカ タカタンタン
練習で耳にしていた太鼓の音。
子どもたちが楽しそうに練習していたリズムに合わせて今夜は大人が舞う。
舞いに合わせて剣を交わすたびに散る火花を見て歓声があがる。
出演者が舞台上で一列になってお辞儀をして終幕。
きっと、本番はもっと凄まじい迫力なんだろうなと思いながらも、深く息を吸い込んで吐きだす。あーきてよかったなあ。
第二部さえきくん・たいらくんユニット (普段はThe Duxiesで一緒の二人)のパフォーマンスが始まる。
東京にいた頃の私がこの空間や時間を眺めたらどう思うんだろう。ふと考える。これが暮らしの一部に存在するなんて普通じゃない。東京に住む私たちの暮らしとは異質なものだ。相容れない。と思うんだろうな。
これが秋田の暮らし
これが根子の暮らし
うん。とうなづく。半年前に聴いた時よりも、歌詞が深く心に入ってくる。いつも柔らかく根子に迎え入れてくれる本城奈々さんの鍵盤ハーモニカの優しい伴奏音がふと聴こえてきて、包まれている気持ちになった。
根子集落の絆の深さ、懐の深さをあらためて感じる時間。根子で生活をしているわけではないから、根子の暮らしを語るのはおこがましいのかもしれない。でも、根子で過ごす時間はわたしの暮らしの一部になりつつある。それは非日常でもあり、日常でもある。
この暮らしが好きだな。
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わたしという受け皿が、秋田の風土に身を浸して、秋田で暮らす人々と時間を過ごすことで形を変えていっているのを感じる。以前は受け容れられなかっただろうモノやコトを自分の中に受け容れる余白がここにある。そのことを感じとれる感性を育んでくれているのも、この土地の風土なんだと思う。わたしにとってそれは、とても豊かなことだなあ
▽ 番楽
▽ アーティスト
▽ 根子マタギコーヒー
▽ 根子の本(根子を訪れる際の必読書!)