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退屈な人生にしたくない。
退屈な人生にしたくないと、よく思う。
20歳からの10年間は、毎日がジェットコースターのようにめまぐるしかった。早くプロとしての実力をつけなきゃって自分を追い詰めて、なぜかいつも生き急いでいた気がする。
不規則な生活が原因で腎臓を壊し入院をした。コンビニのパスタばかり食べていたら、栄養失調にもなった。
親元を離れて暮らしていたけれど、生活費を払わない彼氏には頼れないし、突然解雇を申し立てられ、色々なことをリセットせざるを得ない状況にもなった。
ほんと、人生ってなんて過激でドラマティックなんだろうって思っていた。良くも悪くも。
でも、30歳を過ぎると(というか激務だった会社を退職すると)毎日が驚くほどにゆっくり進んだ。スリル満点のジェットコースターから、次はメリーゴーランドに乗り換えたような感覚。時間は緩やかに刻まれる。そして、日々の些細な変化によく気づくようになったと思う。
まず、花が好きになった。通勤で1年以上通ったはずの道端に咲く花にさえ気づかなかった。季節でこんなにも見え方が変わるなんて知らなかったし、花が好きな母親との会話も増えた。
家族とのコミュニケーションも増えた気がする。母親がおばあちゃんの介護をしていたので、わたしもそれを手伝った。おばあちゃんは今、どんな生活を送り、どんなことを感じて生きているのだろう。「認知症」という現実を必死で受け入れようとするおばあちゃん。会話はたどたどしくても、おばあちゃんの今を知ることができて嬉しかった。
あとは、出会ったひとを大切にしようと思えたこと。自分のことで精一杯で、心から向き合えなかった友達や家族がいる。自分に余裕がないとき、本当のやさしさや愛はひとに与えられない。
20代が退屈だったかと振り返ると、全然そうじゃない。刺激にあふれる日々を、もがきながら駆け抜けた日々。ありったけの熱量を全力で注げた経験は宝物だ。そのぶん、大切なことに気づけなかった後悔もたくさんある。
メリーゴーランドに乗り換えてからは、平穏な日々を過ごしている。でも、退屈な人生にしたくないなぁとも、思う。「動と静」の絶妙なバランスは、自分の体感で腑に落としていくしかない気がする。
もうすぐ梅雨がくる。紫陽花が楽しみだ。