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出産は「人生の選択肢」の一つに過ぎない【子なし主婦の独り言⑬】

私は妊活をしていましたが、なかなか恵まれず、その間にいろいろ考えたり話し合ったりした結果、「子どもをもたない」と決めました。この記事では、そんな私の思いや葛藤などを書いているので、もしかすると不快に思われる方もいるかもしれません。「嫌な思いをするかも」と思われる方は、そっと画面を閉じていただければと思います。


いつも通りの平日、スーパーからの帰り道に、ふと、「出産は人生の選択肢の一つに過ぎないよなあ」と思った。

特に何かがあったわけでもない、ただただそう思った。


出産したからと言って幸せとは限らないし、出産していないからと言って不幸せというわけでもない。

恋愛も結婚も出産も、無数にある「人生の選択肢」の一つでしかなくて、どの道を選んでも、本当は自由なのかなって。(もちろん他人に迷惑をかけるような道を選ぶのはダメだけど)


というのも、私は昨年「子なし」として生きるという重大な決断をしたので、ここ最近は特に、いろいろと思うことがあった。

例えば、電車で高齢者の方が高齢者の方に席を譲っているのを見た時は、少子高齢化社会を憂い、世間の皆様に対して申し訳なさを感じた。

また、ある時は知人から「子どもはいないの?なんで?いた方がいいよ」と言われて、「私の感覚は普通じゃないのかも」と不安に思った。

出産に関する様々な選択肢の中で「出産しない」を選んだ私は、世間の「当たり前」から外れてしまったような気がして、なんだか悶々とした日々を過ごしていたのだ。


だけど、先日、知人に子どもの有無を聞かれて、うっすら「子なし」で生きることを告げたら「それもいいかもね」と肯定されて、ほんの少し元気が出た。

「子なし」で生きようと思っていることを他人に告げたのは初めてだったから、否定されなくて良かった。(たぶん否定されていたら立ち直れていないと思う)

そのおかげか、「出産するかしないかは自分で選んでいいことなのでは?」というマインドが自分の中に芽生えたのだ。

そして同時に、私の選択に他人がとやかく言うのは違うし、私自身が自分の選択を否定するのはもっと違う、とも思った。


「出産する・しない」は無数にある人生の選択肢の一つというだけで、一方が正解というわけではない。

夫との結婚だって正解だったかは分からない。(あの時結婚していなかったらもっと幸せだったかもしれないし、そうでもなかったかもしれない)

私が「出産しない」を選択したことによって、後ろめたい気持ちを抱えようが、世間の皆様に対して申し訳なく思おうが、自分の選択を悔やもうが、現状は何も変わらないわけで。

だったら、自分の選んだ道を肯定するような生き方をした方がいいに決まっている。

自分で自分の選択を否定することは全くもって無駄なことなのだ。


そんなことを、明るい空を見上げながら、考えたのでした。(最近空を見上げるのにハマっているものでして…笑)


そんなわけで、今日も前向きに物事を考えることができた私は偉い!

この調子で、明るい未来に向かって突き進むぞい!


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