産婦人科で同性カップルと居合わせたかもしれない
その日、私はいつも通りにかかりつけの産婦人科に行った。
私はいわゆる月経困難症で、低容量ピルの処方を受け続けている。
おじいちゃん先生が一人でやっている、地域の小さな病院だ。
昔は先生の奥さんが助産師をやっていて、ビデオカメラを構えたどこかのお父さんが分娩室に駆け込んでいくのを見たこともあった。
しかし何年か前、分娩の取り扱いをやめると貼り紙がされた。
その次には、診察時間短縮のお知らせが貼られた。
助産師も医師も新しい人は見かけず、後継者はいない様子。
ずっと通っていたけれど、このまま何年かのうちに、この病院自体が廃業になってしまうのではないかと、寂しい予感が漂っている気がした。
それでも私はいつも通りのスケジュールで通い、体に異変がなければいつも通り薬を処方してもらう。
そのつもりでいつも通りに病院へ行ったら、待合室で居合わせた二人組が、どうやらマジョリティな男女ではないようだった。
もちろん見知らぬ二人で、ご本人たちの関係性や性自認を聞く訳にもいかなかったので、ここからは完全に私の主観と推定で述べる。
多分、女性と女性のカップルだった。
「もうすぐ呼ばれるかな」
「●分になったら(病院を)出なきゃなんだけど……」
「えーっ、今日は心音聞こえるって言ってたのに!? 聞いてかないの?」
ソプラノとアルトで会話していた。
あまりじろじろ見てしまうのも失礼だろうとスマホを適当にいじっている間に聞こえてきた会話が、ソプラノとアルトでなされていた。
声帯からすると、女声と女声だった。
どちらかまたは二人ともの性自認が女性でなかった場合大変申し訳ないのだけれど、私には「女性と女性のカップル」に見えた。
もしかしたら「カップル」と呼ぶこともご本人たちにとっては違うのかもしれないが、他に語彙の持ち合わせがないので容赦頂きたい。
診察室には私が先に呼ばれて、私が会計をしている間に、その二人が診察室に入っていった。
私が受付で財布を開いていると、ゴッゴッ……という独特のエコー越しの心音が、隣の診察室から漏れ聞こえてくる。
二人とおじいちゃん先生が何か話していて、特にソプラノの声が高く弾んでいるのが微かに聞こえたが、ゴッゴッゴポッ……という心音があまりにも力強かった。
終わりゆきそうな病院で、新しい家族が生まれようとしていた。
先日、同性婚に関する訴訟の判決の一つをニュースで見た。
今のところ性別を問わずパートナーを持つつもりがない、誰かと結婚したいと思っていない私は、違憲判決が出なかったら司法オワコン~? くらいの雑なことは思うかな~くらいの姿勢だった。
そのことを思い出して青ざめた。
あの二人と赤ちゃんは、今の法律のままだと三人家族になれない。
「二人の親と一人の子ども」にはなれず、「一人の親とその子」と「他人」に隔てられてしまうのだ。
ご本人たちがどういうあり方を望んでいるのかもまた、私には分かりようがない。
それでも本人たちがどのような家族でありたいか、また家族関係にありたくないかを能動的に選ぶ自由が、今の法律上はないということではないだろうか。
少なくとも今は、法的に「二人の親と一人の子どもからなる三人家族」でいることが出来ないという不自由が、あの三人にはあってしまうのではないだろうか。
以前、自分がレズビアンかもしれないと思って女性のパートナー探しをした時期もあった。
その前には男性との(恋愛結婚系)婚活も、友情結婚婚活も経験した。
それなのに、自分が生きている国のSOGIのマイノリティの権利、社会的立場の変化に関する世の中の動きについてここまで冷淡に無関心に、他人事の面をしていられるのだと、自分にぞっとした。
そのことに気付かせてくれたのが、産婦人科でたまたま居合わせた二人の親とエコー越しの赤ちゃんだった。
小さな病院の待合室に一度居合わせただけで、別に会話も何もした訳ではない。
他人と言えば他人だが、隣人は思いがけず近くにいるのだと目の覚めるような一時だった。