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『対馬の海に沈む』に人間の業の深さを感じた

久しぶりに、朝の出社時の読書で「山手線をこのまま一周してこようかな」と思いました。これはスゴいノンフィクションです。

先日、自爆営業はパワハラだと厚生省が指針を出したというニュースが出ました。自腹でノルマを達成することを示す「自爆営業」。とはいえ、会社員たるものそういうノルマや過度にストレッチされた目標にさらされた経験がある人は少なくはないでしょう。


そのノルマを助けてくれる人が近くにいたら
過度なノルマを間違いなく達成し続けてくれる人が部下にいたら
たぶん、頼りにして多くのことを任せてしまうと思う。その気持ちにはあらがえないな、とそんなことを今思っています。

対馬の人口はわずか3万人。なのにその島に日本一の実績をもっているJAのライフアドバイザーがいるというのです。JA職員のうちライフアドバイザーは2万人。そのトップ営業は一人で対馬の人口の1割以上の契約を取り、維持していたというのです。ライフアドバイザーの神様が手がけていたのは巨額の横領でした。その金額22億。果たして一人でこんなことができたのか。
そして、彼はこの栄光と謎を抱えたまま自家用車に乗って海に沈みました。事故なのか、自殺なのか。この点だけでも十分にミステリです。

著者は日本農業新聞の記者だった方で、これまでも農協の闇についての本を刊行されています。暗部を見ていたからこそ、裏にうごめくものを明かすために取材を始めます。

田舎、そして閉ざされた島、住民の人間関係の密度を思っても、その口は重かったはずです。それを著者は執念の取材で解き明かしていきます。
ミステリみたいだ…と読み進めたものの、小説と違うのは「明確な悪人」が誰もいない点。もちろん横領は悪いことだし、法を守っていないという点ではたいがいな人はいっぱいいるんですが、それもこれも「会社」や「仲間」「近所」を助けるための積み重ねに見えます。

一つ一つの欲望、それを叶えるためのちょっとしたズルさ、脚光を浴びたいというプライド。ジェンガのように組み上がったこの事件が、自分の身の回りに起きたとき、どこの立場に立っているのだろうか、逃げることができるのだろうか。自問自答が続いています。


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