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左手薬指の大蔵省
今回の#日刊かきあつめのテーマは#指輪です。
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初対面でまず左手薬指を盗み見てしまう。それは私が結婚指輪なんてもちろん贈られたこともなく、主婦でもないのに年中手が荒れているという、そんな指輪に縁遠い人生を送ってきたから、ではない。
個人営業をしていたとき、先輩社員からアドバイスされたのだ。それは大学を出て初めての仕事で、英会話レッスンや語学留学商品を売るというものだった。商品知識や営業マインドの簡単な研修を受けた後、早々に現場へ放たれた。数字を作っていかなきゃいけないのに思うようにいかず営業職なのにプレゼンが大嫌い。「どうかお客さんよ来ないでくれ」と毎日祈っていた。
私のおどおどした立ち振る舞いや分かりにくいしどろもどろな説明にお客さんも怪訝そうだ。答えられないことも多く、奥で見守ってくれる先輩社員に助けを求めに度々中座なんかもしてだらだらとプレゼンは続く。お客さんも次第に疲れてきてうわの空、なんてこともざらだった。お客さんを引き込んでわくわくさせて始めたいなって思ってもらう、なんてムリムリムリ。むしろ期待を持ってせっかく来てくれたお客さんに変なセールスをかけてしまいがっかりさせてお返しする毎日が続いた。
そんな中現れた中年サラリーマン。
私の拙い話を「うんうん」と聞いてくれる。総論オッケー、各論も一個ずつ小クロージングをかけていく。
「いいですね」とか「やってみたいですね」とか嬉しい相槌を打ってくれる。
こんなノリノリなお客さん初めてかも。
勇んだ私は、
「ではこれから一緒に頑張りましょう」と大クロージングをかけた。
すると、
「はい、家に帰って大蔵省と相談します」
と一言。
申込書にサインをいただく事なく帰ってしまわれた。
自分が一人暮らしなものだからプレゼン中家族の存在を確認するのをすっかり忘れていた。
私が売っていたのはコースによっては100万近くにもなる商品。家族に相談が必要だろう。お小遣い制のサラリーマンは、お財布を握る奥様のことを「大蔵省」と呼んだりすることもこのとき知った。(大蔵省はもうないけど、今は財務省というのだろうか、もうそんなこと言うおじさんいないだろうか)
早い段階で左手薬指から家で控えている大蔵省の有無を確認し、「ご家族は応援してくれそうですか」と早い段階で尋ねるなど押さえておくことが必要なのだとか。
それ以降初対面ではまず左手薬指を確認する癖がついてしまった。
文:べみん
編集:鈴木乃彩子
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