不登校児だった みずひかれ の父と母 の紹介
中学2年の時から逃げ隠れするようになったかな。
もうはっきりと覚えていないけれど、
隠れてる間、事前にトイレを済ます。
水分も補給しない。ただ寝て時間を潰す。
◇不登校児みずひかれの朝
親は、登校拒否を続ける私を毎朝、無理やり外に出そうと必死だった。カバンと靴を外に放り投げ、私も追い出すのが日課だ。
私は、パジャマで外へ出るのに抵抗があるので、律儀に制服には着替える。そして、無理やり母か父かのどちらかが、私を玄関まで追い詰めると、包丁を突き出し脅されて、恐怖で仕方なく泣きながら外へ逃げるのだ。
だが私は、倉庫の鍵をいつも隠し持っていた。
そこには膝を抱えて座れるスペースがある。
倉庫さえ開ければ、内鍵もできる。
カバンと靴を外に出したところで、わたしは絶対に、学校へは行かない。この半畳もないスペースで10時間いる方が、学校へ行くより気持ちが安定する。
外に追い出された時は、靴は足元の冷えを防ぐ為に履いて、鞄を倉庫にぶち込みんでから、私が入る。
◇わたしの父
『おい、みずひかれ、また倉庫に隠れたんじゃないだろうなー?』
父のお決まりのセリフだ。
その通り、倉庫だ。
私は、臆病者で、絶対に家の敷地から出ない、出れないのだ。
そして、独りで目的もなく出歩くことが、怖くてできないのだ。だから、倉庫に居るのは、バレてても仕方がないのである。
私が入ってる倉庫は階段下にあるので、天井が斜めっている。
倉庫がある場所を、ドカンドカンと激しく地団駄する父親。
ちなみに彼は、
酒乱。
強迫神経症。
とてつもなく腹が出ていて、双子か三子でもいるんじゃないかと思えるほど、立派な腹をしていた。
趣味はダイエットなのか。家の中でウォーキングマシンを動かして、大好きな番組を見ながら歩いていた。でも、太ってた。
教育、育児にも一切手出しをしない。
とにかく、精神的に言葉の暴力が強い人だ。
父は、ガチで、ものを破壊する事を、惜しまない人なので、階段をトンカチで穴を開けようとしたのを母が止めたほどである。
怒りが勝ると、先が見えなくなるタイプである。
と言うか、家族が泣いてるのを見るのが好きなタイプなのかもしれない。と、綴るとかなり気持ちが悪い。
ちなみに、家族構成は言わないが家族みんな、この父親の我儘に振り回されてきたおかげで、みーんな、父親を避けている。頼むから母より先に4んでくれ。と、願うばかりである。
あと、彼を敢えて擁護するならば、彼は職人だから、本当に父の技術を求める人には良い人だが、腕が良くても人柄が嫌いな人は勿論いるので、そう言う人は離れていく。後、彼も父親に虐待を受けて育ってきた。だからって、そこは反面教師になれよ!と強く言いたい。
◇わたしの母
母親の事も説明する。
自分から「友達に八方美人って呼ばれてたのー」と言うくらい、外面がいい。テキパキと行動する。
7連勤とか気にしない。働かなきゃタヒぬと言わんばかりの、ガチの働き者であり、頼りになり賢い。
が、男女共に、自分に親しい人に愛想よくする人で、とても信じやすく騙されやすいタイプ。
頑張る人を尊敬し、あの人は偉い。
インフルにかかってるのに、体調悪いのに、難関校を保健室で受験して合格したんですって!
と、よく土産話で持ってくるが、とても、聞いてて不愉快だったのを覚えている。
なぜかと言うと、自分の子どもは褒めないが、他人はベタ褒めする母に、やきもきしていた。
◇お人好しの母、30万円を盗まれかける。
少し、話は変わって、実際にあった現金30万円を自宅英語学習教室の髪の毛チリチリ先生(以後、チリ先)に、盗まれそうになった話をしよう。
父方の家族が急遽してしまい、遺産相続で揉めた際に、そのチリ先に『いい弁護士がいる』と、費用として30万円を用意し、手渡してしまったのだ。
とんだ、お人よしである。
ちなみに、このチリ先なる者は、わたしが英語の問題集を解いてる目の前で、ガラケーの着メロをせっせと打ち込んでる阿呆だった。たまに、メロディが流れて「あ、ごめん」が、口癖のような人だった。
この自宅英語学習教室は、書店に売ってる適当な英語の問題集をやり遂げる度に新しいのをやらせる。だけのところだったので、2年後の登校拒否、真っ只中の私は流石に、身についてるとは思えない英語に腹が立って、問題集をびりっびりに破り引き裂いた。
そして、帰り支度をして、彼女が階段を上って教室というなの6畳の部屋に来るのを、テーブルに顔を伏せて待っていた。
チリ先が戻ってくるなり、問題集の有様を見て何事かと叱られた。
チリ先と出会った時から、私は、「はい、いいえ、わかりません。」程度しか会話ができなかったので、終始無言だった。
無言でチリ先を睨みつける私を、「でていけー!」と言われたので、言われた通り出て行った。
出て行った後、勉強部屋の扉がバーンと音をたてて思いっきり閉められた。
ちなみにだが、母が彼女に渡してしまった30万円は無事に返される。
『丁度今ね。伝えてた弁護士と会って、カフェでそのことを話をしている』のを、母と姉が、チリ先の自宅まで確認しに行ったのである。
チリ先の自宅に行ったら、彼女がリビングにいて動いてるのがわかったからだ。
(Smaller BIG FAT Woman.でしたからね。)
カーテンの影からでも、はっきり彼女がいる!とわかった。そして、そのことを彼女に突きつけたら、返却されたと言うわけだ。詐欺だったのだ。
そして、その数年後、風の噂で詐欺師は交通事故で亡くなったらしい。しらんけど。
母から、『あの時、あなたがチリ先のところをやめてくれたおかげで、あそこに通ってたはずの男の子が、たまたま患者できてね、チリ先の所をやめたっていうから理由を聞いてみたの。そしたらね、「あの人、なんかへんじゃないですか?」って言われて、ハッとしたの。だから弁護士の話とか確かめに行ったのよ』だそう。
母は、私に凄く感謝していたけれど、どっからどう聞いても、その男の子の発言がきっかけにしか思えない内容だった。
私の時は、話しても聞き入れてもらえなかったのに、他人の話を聞いて、考えを改めてくれたようです。
めでたしめでたし。
◇母よ。貴方の考えは間違っている。
成績も優秀だったらしく、就職先もとても良いところを紹介してもらえた程。
よく他人の話を自慢げに話していた。と、同時に、私に話してどうするんだって言うくらい、当時かかわった他人の事をよく話す人だった。
あと、私が不登校中の時も、「私は、〇〇くんに、いじめられたけど、私は学校に行ってやったわよ!」と説得してくるが、違うそうじゃない。
みんなが、みんな同じ理由で不登校になったと思わないでくれ…と。私には私の理由がある。
「私ができたから、貴方もできる」とかそう言う話じゃないのだ。私個人の問題なのだ。
たまに会った時に、母は相変わらず他人の昔話をする。それを聞くのに慣れは来ない。オチがどれも不快だからだ。
「それで?お母さんは、その話をして何が言いたいの?私は、他人の悪態の話をされても、その人自身の問題だから、興味がないんだよね」
と、私は母の話の腰をおって、「あら、そう?ごめんなさいね」と、黙らせる。
母には、学校に行かない私と、思い出の品を破壊された事を怒り、暴言、暴力。ある時は、電気コードに私の首に巻き付けて「お前を56して私も4ぬ!」と殺人未遂された事もある。
さて、今では結婚もして、一児の母になった私は、長い期間痛め続けられた事を未来永劫恨み続ける。母は、現役の看護師だ。なので、どこか悪ければ、母が勤めてる病院におもむきDr.に診察してもらい、会計は母のポケットマネーから出させるのが、暗黙の了解になっている。
たまに請求されることがあるので、〇〇の娘です。支払いは彼女が出します。わからなければ、そこの事務の方に聞いてくださいね。と笑顔で去る。
次回は、よく気絶しなかったなーと思う虐待の詳細を綴ろうと思う。
本当によく死ななかったし、骨はひびがはいって、真っ青に腫れ上がったこともあったが、あの虐待タイムの間に一度でも気絶してみたかったな。
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