無色な思い出

私が生まれた...いや、目を覚ました時、細目の男性、■■■がガラス越しに微笑んでいたのを覚えている。
名も知らず、状況も何もかもがわからない事だらけだったが、唯一この人だけは信頼を置ける事だけはわかった。
自分を包んでいた淡い緑色の液体で充たされていたガラスの筒から出ると、■■■が私に近付き言った。

「おめでとう、君は私の研究史上初の"成功作"だ。」

目覚めてからしばらくは、言語の発声の仕方や読み書き、自分達がどう言った目的の下で研究を行っているか等を学び、体が成長してくると戦闘の資質を上げるための訓練を行った。
ここで生まれ、ここで育ったのだから、幾らでも自分達の都合のいい様に私を教育出来ただろうに、■■■は途方もなく正直に真実を私に教えた。
私と■■■は血縁では無く、あくまで実験体と研究者。しかしながら、■■■は私を本当の子供の様に接した。そのせいなのだろうか、私は洗脳と言う類ではなく、純粋に■■■を慕い、敬服した。





幾年か経ったある日、他の研究員が私について話しているのを耳にした。

「■■■氏は何を考えているかさっぱりわからん...いくら制御出来るからと言っても、例の脱走を許した実験体のコピーだろう?今は大人しくしているとは言え、いつ制御が切れるかわかったもんじゃない...」
「ああ、しかもその件、■■■氏が実験の為に脱走の手引きまでしたなんて噂もある。今回の"お気に入り"にもやたらと何かを吹き込んでいる様だしな。」
「確かに、今までの研究成果を見れば手広く任されるのも納得だが、実験体と仲良く親子ごっことは...正直イカれている。」

自分の中で赤黒くグネグネと渦巻く感情が沸き立ったのを感じた。
■■■は周りから見れば変わり者なのだろう、だが私にとっては唯一信頼を寄せる事が出来るたった一人の人間なのだ。故に、■■■を侮辱した事に怒りを覚えた...と初めは思った。しかし、すぐにこれは別の感情だった事に気付く。
彼らの話の中に出てきた脱走した実験体...察するに私の原本なのだろう... 私は1番目ではなく、2番目だったのだ。
信頼を置いていた筈の、全てを語ってくれた筈の、親子のような関係の筈の■■■の言葉の中に、"嘘"が紛れていた。その事がどうしようもなく許せなかった。

私はすぐさま■■■の所へ行き、問い詰めた。

「おやおや、遅めの反抗期でも来たのかと思ったら...全く余計な事をしてくれる、彼らはエネルギー変換行きだな。それより君だ、予定より少し早いが、次の段階へ進めようか。」

話はまだ終わっていない、まだ聞きたいことが沢山ある。そう口を動かそうとする前に、■■■の口が動いた。

「『口を噤め』『感情を閉ざせ』『命令に従え』」

その瞬間、喋る事も、感じる事も、自由に動く事も出来なくなった。

「君の言う通り、2201...君の兄や姉に当たる存在がいるのは事実だ。しかしながら、生まれて5年ほどかな?残念な事に"逃げてしまって"ね...しかも"大事な薬"を持って。君と同じくらい大切な私の子なんだ、連れて帰って来てくれるかい?」

■■■は終始表情を崩さないまま、私に命じた。
以前のような暖かな色は無く、ただただ無機質な冷たい色の声であった。

「だけど安心して欲しい、何も君一人でやれとは言わないよ。いつでも助っ人を呼べるようにゲートを付けさせてもらうよ。期間はそうだね〜1週間くらいかな、指定した区域で騒ぎにならない程度の問題を起こして、周辺を彷徨いてればいいよ。君はあの子にすごくよく似ている、あとは"あちら側"から勝手に釣れるだろうからね。」

私に掛けられた気遣いの言葉は全てが嘘なのだろう、そんな事はわかっている。しかし、もし仮にこの任務を達成できたなら、私が求めていた■■■の声を聞けるだろうか?
私は向かった、兄弟の元へ。












行動してから5日目、■■■の言った通り、粗暴ではあるが私によく似た...いや、瓜二つの狐人を見かけた。最初こそ目を疑ったが間違いない、早く連れて帰らなければ。
飲食店に入るのを確認してから、私達は後追いで店に入った。

「...あれ?...先輩?」
「あ?なんだよまだ食い足りねぇのか?」
「いや、そうじゃなくて、先輩って兄弟いましたっけ?」
「いねーよ、てか知ってんだろそんな事。」
「じゃあ今入ってきた人達は...?」

テーブルに座りあちらを見ていると目が合った。
言われるがまま店を後にし、近くの路地裏へと着いて行った。事情を伝えて連れて帰る事が出来れば幸いだと思っていたが、どうやらそんな気は毛頭ないらしい。
声の色がそう見えた。

「一応聞いといてやるが、何の用だ?」
「...。」
「ハァ...大方、俺を連れてこいとかそんなんだろ?まぁタダじゃ連れてって貰えそうに無いけどな。」
「...。(拳を構える)」
「へぇ...オリジナルのこの俺とやり合おうっての?」
「...。」
「ッケ、そういう上からの命令に忠実な人形みたいな所ホント気持ち悪ぃな。」
「...。」
「いいぜ、かかってきな。オメェんとこの"家"のこと洗いざらい聞き出してぶっ殺してやるよ。」

上からの命令が無ければ喋る事が出来ない事が、こんな所で災いしてしまった。最も、話しても無駄ではあっただろうが。
力ずくで連れて帰るしかない様だ。








戦いの末、私は彼...だったモノに体を抉られ、両足を食いちぎられた。■■■が助っ人として送り込んだ子供達は死に、同伴していた研究者も1人で逃げようとした所を呆気なく捕まった。
私達は強く握られたまま、交互に捕食されていった。



ああ、私は何の為に生まれたのだろうか?



叶うならもう一度だけ...■■■の、心地のいい色の声を聞きたかった。














意識が消える間際。

「本当によくやってくれたね。君はやっぱり"成功作"だ。フフフ。」

誰かの声が見えた気がした。

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