Being Late
窓から刺す朝日と、吸った空気の冷たさで目が覚める。眠い目を擦りながらもう一眠り...とは行かず、大声と共に布団を剥がされた。寒い。
「もう!目が覚めたんだったらそのまま起きなさい!」
「...シスター...寒い...」
「そんな怯えた小動物みたいな目をしてもダメ!さっさと支度しなさい!でないと朝食は抜きですよ!」
最後の言葉を聞いた瞬間に目が覚めた。それだけはマズイ。しかしながら、最近はよく冷える...朝起きるのが億劫にもなる。俺はまだ子供だって言うのに、シスターや神父様は早く大人にしたがる...普段は優しいのにこういう所はちょっと嫌いだ。下の奴らの為にも早く立派な大人にならなきゃいけないのはわかってる、わかっているけど俺以外にも"そういう役目"の奴はいるってのに、やたらと俺だけに厳しい気がする。確かにちょっと読み書きは苦手だけど...。
ぼんやり不満を覚えながら支度して部屋を出る。廊下を歩いて行くと、寒い空気を掻き分けて暖かくいい匂いがするのがわかった。今日の朝食はシチューみたいだ。やった。
「腹減ったなぁ...」
腹をさすりながら後方に誰もいない事を確認し、台所を覗き込む。いつも通りシスターがコンロに向かって朝食を作っている。人数分の皿に盛り付け終わって2品目に取り掛かっていた。今日はシチューだから俺が"毒味"をしないとでも思っているのだろう、いつもより警戒心が薄い臭いがする。そうと分かればすぐ様、皿の置かれた中央のスペースに回り込む。近くに立ててあった木製のスプーンをそっと取り、皿へと沈める。そして口を開けてスプーンを入れようとした瞬間。目が合ってしまった、シスターと。
「コラ!これは神様にお祈りする時の供物なんだから!つまみ食いなんてしたらバチが当たりますよ!」
「いった!何も引っぱたくことないじゃんかよー!後で食べるんだからちょっとくらい平気だろー!?」
「そういう問題じゃ...」
シスターが途中で話をやめて俺の後ろを見る。もしやと思い意識を後ろに集中させると、1番面倒な人がいつの間にか背後にいた。
「元気がいいのは結構だが、読み書きにもその位のやる気を出してもらいたいものだな?ガメザよ。」
「げぇっ...神父様...これはーそのーアレだよ!神様にあげるんだからその前に毒味しとかなきゃっていう俺なりの信仰の形で」
「その話はお祈りの後でじっくり聞こうか。」
優しく微笑みながら俺の後ろ襟を掴んで台所から引きずり出された。気付いたら背後にいるし、街の大人達と比べてもそこまで体格はいい方では無いのに、やたらと力が強い...この人は一体何者何だろうか?
お祈りが終わり、朝食を済ませ、街への奉仕活動の時間。基本は歳がバラバラの3人組に分かれ、上の者が下の者に教え、1番上の者が指揮って行動する。めんどくさい事に、最近俺は1番上だ。1番は好きだけど、こういうのはすごく嫌だ。めんどくさい。
各班が散らばってそれぞれの持ち場へと向かっていく。道中、後ろを歩く子供の1人が急に泣き出した。
「ん?どうした...って、おいエド!マリー泣かせんなって言ってんだろ!ぶん殴るぞ!」
「いって!もう殴ってるっての!それに俺はなんもしてねーよ!」
「嘘つけ!じゃあその手に持ってるおもちゃはなんだ!マリーが持ってたやつだろ!?」
「こ、これはその...借りたんだよ!」
「マリー、どうなんだ?」
(涙を手で拭きながら首を横に振る)
「やっぱ嘘じゃねぇか!テメェこの野郎!」
「わかった!返す!返すよぉ...」
「んなのあたりめぇなんだよ、それとマリーに言うことあんだろ。」
「うっ...」
「たんこぶ増やしてぇのか?」
「わかったって!...う...その、ごめん、マリー。」
「どうだマリー?まだ許せなかったらいくらでも代わりにぶん殴ってやるぞ?」
(ガメザの裾を掴みながら首を横に振る)
「だそうだぜエド、よかったなぁ?年下に守ってもらって。」
「う、うるせぇ!ガメザだっていつも神父様に怒られてるくせに!つまみ食いしようとしてるの知ってんだぞ!」
「おまっ、それは今関係ねぇだろ!」
振り上げた手が何者かに掴まれ、頭上で止まる。
「ガメザ、手伝いに来たんだろう?店の前で騒いでないで早く来な。」
「あ、店長...さん...ご、ごめん...なさい。」
「フン、自治体から要請なんぞ無かったらお前達の様な汚らしいガキ...あの神父に何の貸しがあるか知らんが、食べ物を分けてやってるこっちの身にもなって欲しいもんだ。」
最近手伝いに来ているこのパン屋は、教会への食料の大事なパイプの1つだ。俺達を良く思わないのも知ってるし、とてもキツく当たる事にすごく腹が経つけど、グッと拳を堪える。俺がここで暴れたら皆が困るからだ。怒りに震える俺を見て、子供達が不安そうに顔を覗かせる。
「ガメザ?大丈夫?ごめん...俺のせいで...」
「ガキがんな細けぇ事気にすんじゃねぇよ!しょげてる暇があったらさっさと終わらして帰るぞ!マリーももう平気か?」
「う、うん。」
(エドの後ろからコクコクと首を縦に振る)
口を大きく開けて笑い飛ばし、背中を叩いて店の中へと押し込んだ。
「「ありがとうございました!」」
「ハイ、今日の分だよ。さっさと帰んな。」
「...え、あの...」
「アン?なんだい?なんか文句でも?」
「いつも通りの量じゃないっていうか...その...」
「ああ、店の前で騒いでいた罰だよ罰。お前達のせいで客足が遠のいたんだ、そのくらいで済んだことに感謝してもらいたいくらいさ。わかったらとっとと失せな。」
「...はい、ありがとう...ございました。」
(バンッ)
両手に報酬のパンが入った紙袋を抱えながら、去り際にキッと店主を睨むと、店の入口の扉を勢い良く閉められた。無いよりはマシだと、気持ちを切り替えて帰路に着く。
「あのクソパン屋、大人になったらぶん殴ってやる...」
「ガメザ...気持ちはわかるけど、あんまり無茶しないでくれよ...?」
「まぁ、お前らが大人になるまで我慢してやるって!ガキはガキらしく自分の事だけ考えてりゃいいんだよ!」
ゲラゲラと笑いながら夕暮れの街を歩いていると、後ろからムカつく声に呼び止められる。
「おい!キツネ野郎!美味そうなパン持ってるなぁ!」
「チッ...またてめぇらかよ。」
「年上にてめぇらとは口のなってねぇガキだなぁ?まぁいいや、それは許してやるよ、お前の持ってるソレをよこせばなぁ?」
「悪ぃな〜自分より小さい奴にしか威張れねぇ雑魚に聞く口なんざ持ってないんでね。」
「...てめぇ、いい加減にしねぇと後ろのガキごとぶっ殺すぞ。」
「おい、コイツらは関係ねぇだろ。ホラ、パンなんかくれてやるからさっさと道開けろよ。」
「最初っから大人しく渡してればよかったのになぁ?お前がグズグズしてるから気が変わっちまったよ〜後ろのガキは見逃してやるけどキツネ野郎、てめぇだけは残れ。」
「ハァ〜ア、めんどくせー。」
振り返って小声で話す。
「ってなわけでエド、マリー連れて先帰ってろ。」
「そんな!ガメザはどうすんのさ!」
「俺はコイツらの相手しなくちゃならねぇからちっと遅れるだけだ、心配すんな。それにやすやすとパンなんか渡せねぇしよ。」
「ガメザぁ...」
「こんな時に男が泣くんじゃねぇ。今マリーを守ってやれんのはお前だけだ。」
「...う、うん。わかった。向こうに着いたらすぐ神父様呼ぶからね!」
「わかりゃあいんだよ!んじゃ、教会まで頼んだぜ。」
2人を送り出すと、俺より5つは上であろう4人組に向き直る。
「話は終わった見てぇだな?俺達に楯突いた事、後悔させてやるからな。」
「ハッ、おめぇらこそ俺に突っかかって来た事を後悔させてやるよ。」
そのあとは言うまでもなく、囲まれて殴られ、蹴られ、意識が薄れて行った。今日はツイてない日だな、シスターの言う通り神様のバチでも当たったのかな。
この世界にはいい神様なんていない。いつも残酷で、弱いものは虐げられ、奪われる。でも、あの場所は、あの人は違った。俺を受け入れ、与えてくれた。あの場所さえ守れれば俺はそれでいい。
そろそろエドとマリーは着いた頃かな...早く帰って安心させてあげなければ。
目が覚める。
横腹が痛い。
周りが少し騒がしい。
腫れた目を少しずつ開けると、辺りは暗く、夜になっていた。教会の方角がオレンジ色にぼんやりと光り、黒煙が上がっていた。
嫌な予感がする。痛む横腹を押さえながら出来る限り走った。
教会に着くと、燃えていた。
足の力が抜けそうになったが、皆が無事な事を祈りながら裏口から教会内に入った。
血と木の焦げる臭いが廊下を漂っていた。それでも信じて奥へと走ると、道すがら、寝室に当たる場所に人影が見えたが、煙でよく見えない。
「おい!誰かそこにいんのか!?返事しろって...」
近付くに連れて人影は死体だとわかった。何かに覆い被さるようにシスターが背中から血を流して倒れていた。
「そんな...シスター...」
悲しむ間もなく下敷きになっている物にも気付く。今朝、一緒に祈りを捧げ、食卓を囲んだ他の子供達だった。シスターが命を賭して守ろうとした小さな命。しかしそれも虚しく、別の方向から撃たれて死んでいた。
「あぁ...お前らまで...一体誰がこんな事...」
でも悲しんでいる時間はない、他の生存者を探さなければ。涙を堪えつつ礼拝堂へと向かった。
礼拝堂へたどり着くと火の回りが1番酷かった。
辺りを見回すと、子供2人と大人...神父様が倒れていた。まず手前にいた2人に駆け寄ると先程のシスターと同じように1人が覆い被さり、1人は蹲ったまま死んでいた。エドとマリーだった。
「クッ...お前らまで...どうしてこんな...」
エドは俺の言い付けをしっかりと実行し、マリーを守ろうとした。しかしそれも理不尽な力の前では何の役にも立たず、ただただ無力に終わった。
「...うぐっ...」
神父様の方から苦しむ声が聞こえた。まだ生きていた。俺はすぐに駆け寄った。
「神父様...遅れてごめんなさい...パンも...取られちゃった...でも、謝るから...どうかあなただけでも目を覚まして...」
「…ん...ガメザ?ここは...ゴホッゴホッ...なんだこれは...教会が...燃えている...?」
「よかった...生きてた...寄り道して帰りが遅くなってごめん!でも今はそんな事よりここから抜け出そう!」
「ああ...そうだな…しかしその前に皆を連れて行かねば...」
「...その...みんなもう...」
「...!...そうか...あの男達に...クソッ...私が無力なばかりに...クッ......!」
「あの男達...?」
「奴ら、ある施設の研究者だと...それにお前を探していたようだった…7年前の事も聞かれた...お前は一体...」
「そっか...あの施設の...でもまずはここを出よう...神父様...!」
神父様を担ぎ、やっとの事で教会の外に出るとそこには忌々しい奴らの顔が並んでいた。
「やっと見つけたぞ、2201番。今すぐ施設に戻ればそこの神父の命までは取らないで置いてやろう、もちろん身柄は拘束させて貰うが。」
「勝手な事ばかり言いやがって...!あの日も、あの時もそうやって...!」
「あまり手間を取らせるな、我々には時間が無い。唯一の実験成功例のお前は出来るだけ傷を付けたくないんだ。さぁ、大人しくこちらへ来い。」
「よくも教会を...みんなを...神父様を...やる...ここで全員殺してやる...!」
「き、貴様!どこでそれを...!今すぐそれを捨てろ!」
ポケットから注射器を取り出し、首に当てがった。"家"にいた時、俺によく打ち込んでいた注射器を脱走する時にかっさらってやったモノだ。これを打たれた後はいつも記憶が無いけど、力が溢れ、何もかもを粉砕出来るような感覚になったのは覚えている。コイツらが研究してる事は盗み聞きした時から、ガキの頃の俺でも大凡の予想は着いていたし、あの感覚はそれに関係する力なのだと思い、万が一の時の為に取っておいた。
でも出すのが遅かった。街で使っていればこんな自体も避けられたかもしれないのに...
すると、一発の銃声が鳴ったと同時に俺は神父様に突き飛ばされた。
神父様が撃たれた。
瞬間、頭の中が黒く、赤い何かでいっぱいになり、泣きながら当てがっていた注射器を刺した。
久しぶりに泣いた気がした。
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