2023/07/26 立川吉笑真打トライアル
7/23(日)の午後、ぎっくり腰をやってしまった。その週の土曜(29日)開催の落語会の準備で、ちょっと腰をかがめて軽い荷物を引き寄せただけ。ぎっくり腰、これで何回目だろう。落語会の直前にやってしまうことが多く、一度は落語会当日にやってしまった。
この週は私の51年の人生の中で、トップクラスに忙しい週で、25日にはNPO法人の理事会と通常総会、29日には主催の落語会が控えていた。その合間の会だったから、チケットを購入する時「違う日にしようかな」と考えなかったわけじゃない。吉笑さんの真打トライアルは計5回の開催で、この日に行かずともチャンスはある。わざわざ忙しい時に無理やり行かずとも・・・なのだけど、できれば初回に行きたかった。当選したら「行きなさい」ということだと、運に任せて応募。無事当選を果たしたのでした。
吉笑さんは立川流だし、真打昇進する頃には何かしら大きな会を開催されると思っていたので、その時は絶対に行こうと思っていた。夫が晩年力を入れていたNHK Eテレ「落語ディーパー」に吉笑さんが出演されていたこともあり、勝手に気にしていた。夫はテレビマンではあったが、人生の後半はテレビマンというより落語プロデューサーとしての役割が濃くなっており、本人も落語に関わるコンテンツ以外への情熱は失っていた。「落語のことだけで生きていきたい」とよく漏らしており、実際働いていた制作会社では肩身の狭い思いをしていたと聞いている。そういう背景もあり、久しぶりに夫の企画が認められた「落語ディーパー」という番組は、夫の残した番組の一つとして、家族の中では大切な思い出として残っている。
落語のことをテレビの地上波で形にするのは本当に大変で、企画がなかなか通らない。夫は30代からこのことで苦労してきた。「落語ディーパー」には彼のやりたかったことが詰まっていたし、それが実現できるところにまで達しつつあった。そんな時に死んだので、私も悔しかったし、本人の悔しさは察するに余りある。死ぬ間際の彼の様子を思うと、絶対成仏なんかしていないと思う。
話が少々ずれたが、そんな事情もあり、私は皆さんとは少々違う感情を抱えて吉笑真打トライアルへ出向いた。誤解ないように書いておくが、もちろん吉笑さんの落語は当たり前に楽しみだったし、どんな会になるのか、落語会の主催をやっている立場としての興味もあった。あと、志の輔さんと夫の関係性も深かったので、志の輔さんがどんな落語をやるのか、そこにも興味があった。
会場は銀座博品館劇場。何年ぶりだろうか。エレベーターの混み具合も、トイレの便座の高さが異様に低いのにも「そうそう!こんなんだったわ〜」といちいちしみじみ。
Twitter等のSNSでたくさん感想があがっているので、私がいまさら言うまでもないのだが、熱気と待ち侘びた感、そして既に祝福ムードも感じさせる会場の雰囲気で、吉笑さんの真打昇進に向けて、客席の期待値が高いことを感じた。私は吉笑さんの落語を生で見るのは数年ぶりで、最後は吉祥寺の談笑一門会だったと記憶しているが(もしかしたら落語ディーパーで古典をやった時の吉笑さんが最後だったのかもしれないけど、私の気が向いた時だけつけていたの落語鑑賞記録によると、その後も談笑一門会に一度行っている。テレビやラジオで聞いた落語を私は「見たこと、聞いたこと」にカウントしないので、NHK新人落語大賞の視聴はカウントしていない。)その時の吉笑さんとは全然違っていて、具体的には声の太さというか、声に芯があるように感じたし、落語の口調、運びになっていた。何よりご本人から醸し出されるキラキラ感(かわいいとか、そういうことではなく、自信とか確信とか、突き進む勇気みたいなもの)が出ていて、そりゃもういい感じに進んでいったのです。「カレンダー」も以前(かなり昔。もう昔と言っていいくらい間が空いている。)聞いた時とは全然違う噺に感じるほど面白くて、他の落語家がやっても面白くなる噺に仕上がっているなあと。普遍的でもあるし、古典になり得る新作だと思った。なんか偉そうにごめんなさい。
道灌も面白かったし、ぷるぷるももちろん面白かった。ここに辿り着くまで様々な苦労があっただろうことを考えると、死んでしまった夫がもし生きていたら、いろいろお手伝いできたことがあったのではないかと思った。夫はTBS落語研究会に長く携わっていた事もあり、古典至上主義のイメージを持たれがちだが、決してそんなことはなかった。夫が長く生きてていたら寄席演芸界隈に役に立つ人だと思っていたので、個人的には切なくてやりきれない思いも抱えつつ。そして帰宅して、夫の仏壇に報告したのでした。
志の輔さんの立川流への話も聞けたし、談笑さんの金明竹も談笑さんらしいくすぐり満載で楽しみました。立川流でも客席の照明の具合はそれぞれ違うのねとも思ったし(吉笑さんと談笑さんは客席明る目でした)いろんな気付き、勉強になることがありました。
私はわずかながら、寄席演芸会の片隅でお手伝いができれば。メイン街道を歩けないことくらい、自分が一番わかっているので、落語会のことを頑張りつつ、これからの自分の人生をどうしようか、そこも頑張らねば、だ。