一文物語 2017年集 その2
本作は、手製本「一文物語365 飛」でも読むことができます。
1
旦那とは宇宙で出会い、淡いピンク色のドレスをまとった花嫁の結婚式で、終始宇宙服に身を包み顔を出さない旦那は、地球人じゃないという疑惑が式中、作られた笑顔の裏でひそひそと飛び交っていた。
2
妻子もいて立派に仕事もしている男は、いつも通る道で自分が行方不明の人物であるという張り紙を見つけた。
3
豆の耐性を備えた鬼があらわれ、日本は滅亡した。
4
昨日、妹がみかんをむいたら、みかん星人が出てきたから気をつけてと言われた言葉を思い出し、今まさにみかんをむくのを躊躇している。
5
困ります、ちゃんとお名前とご住所を言っていただかないと商品は届けられません、と隣のオペーレーターにオレオレと名乗る客から電話がかかってきている。
6
廃ホテルのビリヤード台にあったという玉を打ったら、辺りが激しく揺れ、これは呪われている玉だと言って、一度閉めたら決して開くことのできない石棺に封印したら、どこもかしこも静かな闇に包まれた。
7
はめた手袋が内側から手に吸い付いているかのように、何をしても取れなくなって焦っている。
8
折った紙が石のように固くなるので、鶴や花など作って飾っておいたが、ある時ちょうどよい大きさの食器が欲しくなり、丸みを出すのは難しいが四角く個性的なお皿が出来上がり、スープをよそったら、水分が染み込んでくずれてしまった。
9
いつまでも読まれない本に挟んであった栞が、圧迫に耐えかねて溶けてしまい、どのページにも写ってしまっている。
10
朝、彼はいつものように出かけていくと周囲の人々の言葉は聞き取れて理解できるのに、いたるところに書いてある文字が別の言語か絵かもわからないものになっていて、その事を記録しておこうとノートにメモしたら、 、と書いているはずなのに、自分だけ全く読むことができなくなっていた。
11
仙人が湯を沸かそうと、騒ぎ立つ下界の怒りを集めてやかんに念力を注ぐと、静まった下界に鳴り響くようにキューキューと熱湯が沸いたが、湯が黒ずんでしまっていた。
12
天に設置された換気扇は、腐った匂い意思を放つ人々を次々と吸い込んで、赤い雨をまき散らしている。
13
最愛の人を亡くした女は、その骨をくだき、指輪とともにスノードームに閉じ込め、ゆっくりと舞っている間だけ、悲しむことにしている。
14
昨日、文字をたくさん食べすぎて、今日はまだお腹がいっぱいで、一人でしばらく青い空だけを見ている。
15
人々は四角い小さな板を見つめるのをやめて楽しそうに超級街を歩き出し、空想の世界が現実的に触れられる新感覚を楽しんでいるが、目の覆いを外せば、誰の管理下にも置かれていないただボロボロの街をニヤついた人々が、死霊の如く彷徨っている。
16
男に裏切られた女が、寝ている間に家に火をつけられ、気づいたときにはもう意識朦朧とする中で涙が蒸発する小説の描写に苦しさを覚えて顔を上げると、隣の席でその男の吸っているタバコの煙に首を締められていた。
17
その慌ただしい性格を直すため、彼女の部屋には赤外線が張り巡らされ、それに触れると爆発するので、ゆっくり丁寧に移動しなければならない。
18
氷の張った湖でスケートをしていて足元を見ると、やけに黒い影があると思ったら、ここから出してくれ、と氷の下から女の声が聞こえる。
19
パン食い競走で、吊るされたあんぱんに飛びついた時、そのうちのひとつに、手榴弾が吊るされているのを横目で確認して錯覚かと疑念を抱きつつ、かぶりついたパンを落とさないように必死に走っていると、後方から爆発音が聞こえてきた。
20
町から少し離れた森に一人だけいる黒いローブ姿の魔女は、箒をまたぐほど気力はなかったので町中を歩いてペットショップへ向かって行き、涙の枯れ果てた赤く腫らした目で、黒猫が一匹欲しいと店員に伝えた。
21
ガラスの腰が砕け散った。
22
考えが足らない、と上司に叱られた女は、毎晩、頭のいい人の家に忍び込み、脳を一巻きずつ剥がして自分の脳に巻いていったが、頭でっかちになって、世界がひっくり返って見えるようになってしまった。
23
下校しようとした彼の下駄箱に、新聞紙の文字を切り抜いた脅迫文を思わせるようなラブレターが置かれていたので、愛の犯行声明を発表することにした。
24
それはそれは大きな風船が猛スピードで飛んできたので、急用で大事な話が詰め込まれているのだろうと、急いでそれを割ったら、ひま~~~、と無駄に長い声が息の臭さとともに流れ出した。
25
幻獣捜索探検一家は、果ての地でやっとペガサスを探し当て、ペガサスの背に乗って空を飛ぶ夢を実現させた束の間のひとときを過ごしたが、翼が動くたびに尻に骨と筋肉の盛り上がりを感じ、乗り心地は決してよいとは言えなかった。
26
むさ苦しいほど青春にかける彼が、太陽を目指して走ろうなどといつも言っているが、結局、太陽にはたどり着けない。
27
本屋で、真っ白なバナナの形をした本らしきものを買ったら、店主に色づいたら皮を剥いてくださいと言われたので、頃合いになってから少し皮を剥いてみると、隙間から文字がポロンとこぼれてきた。
28
現実逃避をする彼女は、決まって夕方の浜辺で、濁りのない永遠が閉じ込められたようなもう一つの世界を宿すビー玉を夕日にかざして覗き込んでいる。