一文物語集 ポケットに入る宇宙の万華鏡 上 その7
本作は、手製本「ポケットに入る宇宙の万華鏡 中」でも読むことができます。
1
携帯ラジオを聞きながら散歩をしていると、助けて、と聞こえてきたかすれた電波を追い、電気街に着いたところで電波が途絶えてラジオも壊れると、本体からの最後の声だったのだと気づき、壊れた部品を買って帰った。
2
少年少女が仲間とともに幻想大陸を冒険するその重厚な装丁の小説が、文庫本になった途端、中身が、小さな島を散策するひと夏の思い出話に狭まってしまっている。
3
朝、さよならの手紙が置かれていると、決まって集めていた人形が部屋から一つなくなっている。
4
チェーンソーと繋がれたイヤホンで耳を塞ぎ、木を切り倒した彼は、いつも涙を流していて、せめて切られる木の悲鳴を少しでも受け止めようとしている。
5
枯れかけた花の花瓶が空だったので、水をやると、ぐんぐん水を吸って息吹を返すが、吸いすぎたのか、すごい勢いで花水が垂れている。
6
物と物を入れ替える便利な魔法で、ゴミを清掃工場の空気と入れ替えるとゴミ出しがあっという間に終わるけど、工場の生臭さがしばし漂う。
7
愛を込めた花火を打ち上げたいと職人に相談したが、一方的に輝いても一瞬で砕け散るからやめろと言われ、二人で一生を輝かせるために、夫婦そろって花火職人になった。
8
夕刻、突然、彼の影が伸び、特に首の影が伸びて、ほそーく伸びて、今にも引きちぎれそうで、そして、ちぎれて、悲鳴が上がる。
9
流行りの飴にもできないくらいこの星は、しょっぱくて、まだ宇宙人に食べられていない。
10
今宵、雨もやみ、晴れわたる夜空を見上げる者のために、女神たちが、三日月ハープを奏で、満月ドラムを叩いて、眠った小さな星々を起こし、その存在を知らせるため、輝かせている。
11
三日月ソファに座って、星々の演奏を聞いていると、次第に光と音が減っていき、遠くから小悪魔の菓子売りが、黒焦げの星クッキーをお土産に、と配りにきた。
12
家の水槽から逃げ出した金魚が、日が沈む空へ泳いで行ってしまい、青年は夕焼けが見えると、まだ向こうで元気に泳いでいるんだと感じる。
13
毎日毎日、どんな服を着るか考えるのが面倒な彼は、開発した透明な服を着て、小さな端末でオススメされた服を選択すると、その衣服が全身に反映され、家を出る。
14
長蛇の列を作るタクシー乗り場に、胴体の長い龍がやってきて、いっきに乗客を乗せ、体をくねらせながら飛び立つと、どんどん客が振り落とされていく。
15
読むと必ず酔ってしまうその本は、インクにアルコールが混ざり、文字が下手くそに踊っていて、酒びたりの作家が酔いの心地良さについて、気持ち悪い中、書いたものである。
16
酔って帰ってきた翌日、目を覚ますと、雨に降られたのか、びしょ濡れになった自分の服が全部脱ぎ捨てられていたが、靴下に魚が入り込んでおり、どこを通って帰ってきたのか思い出せない。
17
暑くて風もないので、風車のような巨大な扇風機をいたるところに設置して、風を起こすと、その勢いで、星が傾き、みんな転がってしまった。
18
バットをもった少年らが、暴れ回るので、ボールを投げて、空振りさせると、大人しくなった。
19
はかり売りの店に来たというのに、はかりしか置いていない。
20
けん玉人間は、ジャンプしたり、コケたりすると、頭が外れてしまうが、糸がついているので、なくなることはなく、ただ元に戻すのが難しい。
21
小さな数人の狐児院で育った最後の彼は、門で見送られ、忘れ物に気づいて戻ると、裏口から三匹のキツネが出て行くのを見た。
22
涼しさをお届け、とシロクマがはるばる泳いで押して来た氷山だったが、あっという間に暑さで溶け、帰る気力を失ったシロクマは、動物園でゆっくりしている。
23
彼は、汗だくになりながら、心頭滅却と書いた御札をあらゆる暑い場所に貼って、おでこにも貼って、ぶつぶつとその念を唱えるが、吹き出した汗でお札が剥がれ落ちる。
24
孤島の神社にある錆びた鉄の棒を磨きあげると、錆びついた感情が豊かにあると言われ、笑顔を取り戻したい人々が、海を泳いででも渡っていく。
25
夕方、蚊を引き寄せる魔法陣が上手く発動せず、蚊取線香をあやまってそこに落とすと、蚊の死神が出現し、蚊を退治してくれるが、線香が燃え尽きるまで、不気味な鎌を振り続けている。
26
メイドは、いざという時に何でもこなせるように、ご主人様を担ぐ時が来てもいいようにと、バーベルを持ち上げて、ムキムキに鍛えている。
27
あの、あの、あのー、あのー、あの、あのー、あの、あのー、あの、あの、あの花畑。
28
何もない美術館に迷い込んで出られなくなり、やっと見つけた受付に一人いた女性に、一つしかないイスを譲ってもらうと、出口が出現し、その女性はそこから出て行った。
29
お肉専門店に入ると、牛、豚、鳥などを扱っていて、先客が、まだ若く、しかし身の引き締まった笑顔のかわいい店員を注文していた。
30
辛いものを食べたら、消化器が火で焼けるように熱くなり、小火器を放てば、小さな火花を上げ、火を消そうと、消火器を向けると火が放たれる。
31
長いことまとわりついて、豪雨の被害を出し続ける台風に、とうとう渦の中心に生贄を捧げて、ようやく嵐がおさまった。
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