一文物語集 ポケットに入る宇宙の万華鏡 上 その2
本作は、手製本「ポケットに入る宇宙の万華鏡 上」でも読むことができます。
1
撮った写真を見せることはしないが、嫌なことを心から撮り抜くその古い写真館の店主は、明るくなってしまった暗室で、またか、とボヤき、現像される写真は光映えする人の写真ばかりだった。
2
少女が川で拾った石に、終生水やりをしていると、石は大きくなって植物のように芽を生やし、葉を広げ、ついに枯れることのない石の花を咲かせた。
3
剃刀を入れられた風船を手渡され、割らないように届けてきてくれと頼まれて、やっとの思いで一歩進む。
4
数々の詩をまとめようとその詩人は、針と糸で自分の詩を刺繍して詩集を作り上げた。
5
個性が求められる時代にも関わらず、汎用かつ大量生産された物ばかりしか持っていない彼女は、ペンや携帯電話、鞄、部屋の壁、車の外装、内装などに、一度着て満足した普通の服を、サイケデリックな組み合わせに縫い合わせて着せている。
6
誰も寄りつかない場所にあるマンホールに入ると、地底水族館が広がっていて、優雅に泳ぐ化石の魚たちの後を、骨恐竜が口を開けて追いかけている。
7
描いた魔法陣から巨人の手が出てきてしまって、慌てて魔法陣を消したら、片手だけが切り残されてしまい、巨大な手が町を徘徊している。
8
やっと雪が溶けると、その下から真っ黒になったバナナが一本出てきて、どうしてそこに存在しているのか気になって、死ぬまで悩み続けている。
9
天女が鉄塔の電線に羽衣を引っかからせてしまい、困っている。
10
夢の中で長く歩いて二手に分かれる道に差し掛かり、どちらに行っても目が覚める気がして、もと来た道を戻ると、やっぱり目が覚めてしまったが、眠りについた時刻と変わらなかった。
11
その言葉は呪いだから言ってはいけない、ときつく言われて以来、それを口にしてはいないが、思い出すたびに、心の中で自分に呪いをかけてしまっている。
12
みんなで砂いじりをしていて、バラの漢字を書くことになったが、誰も書けず、花の絵を描いた。
13
字がバラバラに積まれた本の荒野を進めども、何もない世界だったので、少年はそれらを拾い並べて、字の上を飛んだり跳ねたり、ワクワクする冒険世界を築いた。
14
職場の同僚の自慢話をすまし顔で聞いているその女性は、心に寄生している醜い獣の奇声を、喉元で堪えている。
15
苦しい思いをして潜った深海で吸う空気は格別だった。
16
絵を描くのが面倒くさくなってしまった画家は、先日、通販で買った絵の具を絞り出すと、あらかじめ決まった絵が広がり出し、途端に絵が売れなくなった。
17
石につまずいたら危ない、ということになり、石を積み重ねることが禁止され、道端の小石ですら丁寧に並べられ、墓や石垣も解体され、川の石ですらも平然と整頓されてしまっている。
18
保険室の骸骨が持ち出されて、ボールの的にされてはバラバラになるも、何度も組み直されて、骨に響くからやめてくれ、と顎が外れて言うこともできない。
19
おしくらまんじゅうをして体が温まり、真っ赤に染まったみんなの顔は血みどろで、一人押しつぶされてしまっていた。
20
空港で出発を待っていると、やはり誰にも見えない入り口に向かって入っていく人々がいて、また彼らも誰にも見えてはいない。
21
若き頃、舞台上で夫婦を演じていた二人は、時が過ぎてお互い独り身になってから、夜の廃劇場に集まってはあの夫婦の続きを演じている。
22
この中から面白そうな本を教えて欲しい、と友人に頼まれ、床が抜けるくらいの書庫に案内された。
23
ロボットが頭を抱えているが、首がもげているだけで、機能に問題はないとのこと。
24
彼は、自分の頭をピストルで撃ち抜くと、銃弾が貫いて広がったお花畑の上を歩いている。
25
深夜、スーツを着た人が、路地にあるたった一つの街灯から降り注ぐ光を浴びて、自分を癒している。
26
悪いもの、と書かれた見覚えのない箱のふたを開けたら、人の臓器が入っていて、慌ててもう一度開けるとまた違う臓器が現れ、翌週、医者にかかると箱の中で見た臓器が悪いと指摘された。
27
本を読みながら眠ってしまった彼女が目を覚ますと、本が前髪を食べていて、頭に入れた内容を取り返しに来ている。
28
虹が竜巻に吸い込まれて、虹色の竜巻から七つの光の道が空を伸びて行く。
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