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一文物語 2016年集 その10

本作は、手製本「一文物語365 海」でも読むことができます。

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この世をしっかり歩くには、道が細くもろいので、彼はつま先立ちでそうっと歩いている。

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鏡の前で、気づいて、後ろにいるのを、というメッセージを受け取り、前も後ろも向けずに立ちすくむ。

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孤独になりたかった青年は宇宙飛行士となり、周囲から尊敬され、期待を背負い、いざ宇宙へ飛び出ると、一切の交信を断ち、地球を離れていった。

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ジメジメして体が気だるくなる山を散策していると、不気味に低く、時に高笑いがどこからか響き、まさか桃源郷でもあるのかと期待恐怖半々でその声の方に向かって行くと、食べてはいけないキノコが笑っていた。

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トントントントン、と近所で家を建てているので、朝から晩まで音が鳴り響き、時には夜中にも作業する日もあったりしたが、完成して見に行ってみると、わら人形が壁一面に釘刺しにされていて、連日救急車のサイレンが町に鳴り響く。

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丘の上にあるたった一軒のパン屋では、雨が降ってやんだ夕方にだけ虹色の半円ドーナツが手に入る。

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彼女の心を優しく暖かく包む毛糸玉は、社会を這い回るいばらに引っかかり、一瞬のほつれで気づかぬうちに毛糸はどんどんほどけ、冷ややかな態度をとるようになってしまった彼女の心は凍っていた。

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子どもたちが帰った薄暗い公園の遊具は、骸骨たちが骨組みとなり、遅くに遊びに来た寂しい大人がジャングルジムに登り、滑り台を滑り、ブランコで身のない奴らの愚痴を言うと、冷たい風が吹く公園内がカタカタと同情の声に包まれた。

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送られてくる手紙は迷路になっていて、正解の道をなぞると文字が現れ、最近はとても長い迷路でどんな内容か気になって焦っているが、出口にすら辿り着けず、返信できていない。

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地面から大きな手首が突き出ていて、人々はベンチの代わりに座ってみたりしているが、時に女性が座ると、その手が握りしめようかどうしようか欲と葛藤している時がある。

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リクエストを受けたDJは、意気揚々と、はちみつたらしのホットケーキ二枚、と曲名を上げ、そのホットケーキに針を落とすと、スピーカーからふんわりした音色ととろりとした液体が流れ出てきた。

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これは俺の酒だ、と怖い顔をしたヘビが瓶の中で主張している。

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森の中に隠していたドラゴンがいなくなったので注意してください、という連絡が町中に流れたが、住民はパニックにはならず、カメラを空に向ける者、石をかき集める者、そして、剣と盾を手にして討伐しに行く者も現れた。

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歩いてきた道を黒く染める悪魔が足元にいると騒いでいた彼は、そいつを引き離そうとついに飛び上がってしまった。

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彼の部屋には、約九百もの紙コップが壁に設置されているが、それらのどれに話しかけても声が返ってこない糸電話ばかりである。

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目がぐるぐる回って、暗闇の中で血が燃えているような自分の内側を見た。

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軍出身の夫婦は、普通言語で話をすると感情が立ち込めてすぐ喧嘩になってしまうので、日常会話すら暗号でやりとりし、夫婦生活というミッションを日々規律をもってこなしている。

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仕事中、デスクでいつも殺気立っている彼のもとには電話すらかかって来ず、仕事を終えると彼の周囲では、何人か息絶え倒れている。

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どうして毎日毎日波乗りばかりしているのかと男に聞くと、海が背中を掻いてくれと頼んできたからと言った。

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物静かな妻ではあったが、家の中はそれでも賑やかで、妻に先立たれてから男は静けさに押しつぶされてぺしゃんこになってしまった。

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彼女は心を純粋なもので満たしたいと、水をがぶ飲みしている。

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散々迷惑をかけた者が石を投げられる刑にかけられ、被害者衆が石を持って勇んでいるが、石を投げ返されてもかまわないものだけ投げよ、という号令を聞いて、誰も石を投げる者はいなかった。

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慌てふためいてナイフを持った犯人がクマの人形を人質にとったが、その中には長年貯めたへそくりが入っている。

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木の下で休んでいた売れない老作曲家は、頭部に木の実が落下してきたその衝撃で死んでしまい、そのままに地に帰った以後、その木から取れる果実をかじると、瑞々しく甘さが弾けるように体内に音楽が広がっていく。

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人知れず心を空にしたいその女性は、山に囲まれて荒れ果てた野原で顔を隠して服を脱ぐと、冷たい風が体内の水分を抜き取っていって女は天を見上げて固まり、辺りに数多く立ち並んだマネキンのひとつとなった。

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甘いもの好きだと豪語する妖刀に宿る黒の侍のために、その一振りはケーキ屋の手に渡り、カット用ナイフとして使われ落ち着いている。

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地面に耳をつけて診察している白衣の少女が、もうすこしがんばるって、と悲しそうに口にした。

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なんでも先の見通せるメガネが開発され、かけてみたが真っ暗で何も見えず、それは故障ではないという。

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部屋のゴミも、私物も、枯れるまで出した涙も、着ている服も、人との関係も、全部炎の中で燃やした彼女は、身ひとつになって本当の寂しさの美しさを見つけ、好きな色を探しに出かけた。

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静かに一人で生きていこうと、山奥で足を土に埋めて背から枝葉を伸ばし伸ばし歳月は流れ、実がなり、周囲と共存する立派な樹木となった時、その実だけを狙う者が現れ、ついにはその木が邪魔だと切り倒されてしまった。

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宇宙人は、宇宙人ごっこをしている地球人を見て苦笑いしている。

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