一文物語集 ポケットに入る宇宙の万華鏡 上 その11
本作は、手製本「ポケットに入る宇宙の万華鏡 下」でも読むことができます。
1
耳をかじられて真っ青になったという噂を確かめるため、彼は、青が好きだという彼女の耳をかじったら、血が沸くほど顔を真っ赤にした彼女に怒られ、血の気が引くほど彼の顔は真っ青になっていた。
2
少年がブランコをこいで、視界いっぱいに青が広がった時、空に到着した気持ちになって、急降下。
3
身ごもったわけでもないのに、彼女のレントゲンには、見知らぬ子供の顔が必ず写り込む。
4
一人では無力の小人が七人集まり、それぞれの色を出し合って掛けた虹の橋を渡って、大人の国へ進んで行ったが、そこは色をはがされた世界で、戻る橋は消えていた。
5
夕日が大好きなメンバーで結成されたそのバンドの屋外ライブでは、夕方になると演奏をやめて、みんなで真っ赤な夕焼けを眺める時間があり、陽が沈むと、しんみりとした曲から再開する。
6
そのグループの解散で、真っ暗な空へ、オレンジ色の炎を噴射するロケットに乗せられて、見知らぬ世界に打ち放たれたように、彼女は意識を切り離されて、脱力している。
7
会社で眠くなった頃、指示が社内に流れて、社員全員がいっせいに上を向いて口を開けると、豪快に絞られたレモン汁が降ってくる。
8
ピチャン、ピタン、ピチョン、ピチュン、ピチャン、と木々に覆われた雨降る夜の川辺から、カッパディッシュサウンドが響いてくる。
9
その朗読者が、本に涙をこぼすと、字が本からいっきに流れ出し、客席は字の波に飲み込まれて、客は感情の渦に引き込まれ、わらをもつかむようにハンカチをぎゅっと握りしめている。
10
数時間、地面が上下に大きく揺れて、世界の破滅がついに来たか、と全人類が覚悟したが、たいした被害はなく、宇宙のどこかで開催された銀河級ライブに地球が興奮していた。
11
目の下にくまを作った人や顔色の悪い人たちが、安眠を求めて枕を持って、駅から会場に列をなし、眠気を誘う歌唱力を持ったアーティストがいるという。
12
ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、が活動する音楽隊の楽譜は、演奏者の個性や楽曲、音色の特徴もあって、必ず七色で音階が色づけられている。
13
高温に耐えられるスコップをかついで火山に向かった男は、赤々と熱を帯びた溶岩を家に運び、毎年、寒がるドラゴンのためにこたつを作ると、冬の始まりを感じる。
14
太陽の他にないくらい、着ると体も心も暖まるセーターを、ベッドの上で細い指を一生懸命動かして、彼のためにオレンジ色の毛糸を編んでいる。
15
お金持ちの家に行くと、足の踏み場もないくらいに、ジャラジャラと貨幣が転がっているが、歩くにも座るにも寝るにも、体が痛気持ちよく、健康に困ったことがないと聞いた。
16
彼が、ボーボーに生えた草を刈っていくと、次第に彼の頭も軽くなって、涼しくなってしまう。
17
呼吸をするのを忘れていた彼女は、仕事を終えて家に帰ると、陸に上がったように息をする。
18
その宇宙探査で、いびつな形の様々な色の星を発見してきたが、十数余年ぶりに目の前に迫った地球が、涙をこぼした雫の形に変わってしまっていて、悲しみにしか溢れていない星になっていた。
19
真夜中、紫色に灯る館に、頭を抱える若い人々が入っていき、そこで買った頭ごなしの言葉から守ってくれるヘルメットをかぶって、朝、町へ消えていく。
20
虹色のかわいいペットがいるという彼の家に初めて行くと、壁も床も調度品も七色の部屋だが動き回るようなペットは見当たらず、びっしりと壁にカメレオンがへばりついていた。
21
ガザガザーと、空を覆うほどの草を生やした巨大なほうきが、一年に一度、大地を大葬除し、ゴーゴーと、海では殲濯が行われ、星を汚す者は一切いなくなっていく。
22
真っ暗闇に踏み入ってしまった彼女は、膝を抱えて動かないでいても何も変わらず、そっと前に足を出し、手を伸ばして触れた壁を懸命に削っていくと、闇が光り出した。
23
なでられたライオンは甘え声を出し、すっぱい果実もなでると甘くしてしまう女がいる、という噂を聞きつけた世のまだ若き社会人は、顔を赤くしてイラつくご老体に頭を下げて、女との接触を目論んでいるが、一年先になる。
24
山奥に住む透明を巧みに扱う老婆に、疲弊しきった女が存在を消したいとお願いすると、体を表面的に消してもらえたが、血の色は残ってしまい、人の生きる情熱だけは、最後まで消せなかった。
25
光らなくなって不要になった星くずをひとつひとつ拾い集めていると、たまたま流れてきて手にすることができたホウキ星で、掃き集めるが、光る星も吸い寄せたうえに、勢いが良すぎるので、掃き散らかしてしまう。
26
うす汚い海賊船に乗った見習いは、とにかく掃除ばかりさせられ、船は黄金のように輝き目立ち、宝船だと、他の海賊によく狙われ、掃除職人がさらわれていく。
27
彼は、いまだに全世界の葉っぱという葉っぱの汚れを落とす罰を受けていて、終わる目処は立っていない。
28
闇を抱えた人にとって、闇の診療所は最後の砦となっていて、診察してもらうと、診療所の闇が深すぎて、いかに自分の闇が薄いものかわかって、希望を抱いて安心して帰っていく。
29
一人暮らしを始めた音楽家の彼女は、いつかの彼のために、キーボードをもう一つ用意していたが、誰もそれを弾くことはなく、結局、飼い始めた猫が踏んで出した音から作曲した曲が、猫好きに評判を得ている。
30
夕焼けが、いつになく扇情的な色で、人々の心をまどわせ、その晩の月も桃色だった。
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