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生い立ちパズル⑭ piece:変わらないようで変わっていく

高校一年の初めての中間テストで
改めて 勉強を頑張ろう、と思っていた矢先に 事件が起こり、そこから 様々な嫌なことが積み重なって

わたしは すっかり やる気をなくしていました。

勉強もやる気が起きないし、
部活も 面白くないし。


 時折 いなくなってしまいたい衝動にも駆られながら、
ヒリヒリするような空気感と
力の入らない動きづらい日常に
ただただ 居るだけでした。


それでも もともとが 単純なのか
小さなことで 本気で笑えていましたし、

また 想像の世界へ 入り込んで
 現実逃避もできていました。

これがないと 
わたしは 完全に壊れていたでしょう。


 自身の持って生まれた性質に感謝です。


 『生い立ちパズル⑨』で書いた、
帰る場所』があったことも とても大きかったと思います。

あの場所があってよかった。
わたしの中のひとつが見せてくれた景色かもしれないなぁ、と思ったりします。

わたしの気持ちに寄り添って
いつも側にいてくれたものは

動物や植物、
そして 誰に話しても理解してもらえそうにない脳内の、不思議だけど いいタイミングで 経験させてくれる言葉にならない景色です。

考えてみると
自分の中に 自分を芽生えさせるには 重要なものだった気もします。


かなり後ですが
自分の中で
何かが芽生える感覚を感じます。

それが、本来の自分の芽だった気がします。

わたしには 必要不可欠なものです。

わたしに限らず
ひょっとして 人間には
これが必要なのかもしれません。

でも なかなか芽を出す方法がわからず、
悪戦苦闘して生きてるのかな。



『生い立ちパズル⑬』で書いたように、
義父は 事件後、
しょっ中、わたしの友達の家に電話をかけて わたしを電話口に呼び出しました。

その時の心苦しさと言ったら…。

友達にも 友達の家族にも
申し訳なくて…。

とても 悔しかったです。

今 振り返ると
 少なくとも このことは
実母、祖父母は 知っていたのに 誰も 救けてくれることはなかったのですが、

それが不思議でならないです。

わたしなら
知っていたら 絶対 子供には
こんな思いさせないよう働くからです。
それができなかったのは
よほどの理由があったのでしょうか。
そういう考えに至らなかった、
または できなかった、のでしょうか。


まあ、そんな理由はどうでもいいです。
ふと思ったり考えたりはしますが
特に 興味はありません。

いずれにせよ、
あの時の最悪な環境があったから
自分というひとりと、
もうひとつの自分が 出会えた感覚もあるのです。

なので、
なんだかんだと すべてのことに感謝しています。


気持ちよく感謝できる日が来たことも 不思議です。


 あの頃は 
世界中、敵しかいなくて、
ひとりで立ち向かっているような感覚で 過ごしていたけど
今の心の絶景にたどり着くまでの道のりだったんだなぁ、と思うと 本当に不思議です。


大きなものに愛されている。



 高校では
 わたしからすると 学校で習うことはなく、
その頃は やることもないし
 将来を考える頭もなかったし
みんながそうするのが当たり前な世の中なので
登校拒否気味ではありましたが、
行かなければいけないところ、という感じで 通っていました。



大人たちの弱さに苛立ちも感じていました。
自分の弱さを
そこら辺中に散らかし放題じゃないか、と思っていました。

 学校でも
 同級生たちの弱さにも苛立ちを覚えていました。

どこ見ても
みんな弱い。

強いふりして
プライドばかり高くて ひたすら弱い。


 当時の正直な気持ちです。


自分もまだまだ この頃は弱かったのですが。

他人はよく見えます。
自分のことは、見えていないのです。


 たくさんの様々な経験をしていくうちに、
みんな結局のところ
自分と同じなんだと 気づきます。

見えているものは
自分自身でもあるのだな、と いろんなことを経験してから 感じます。



そんなふうに見ると、
とても精神の世界が広くなるのですが
それを理解するのは、まだまだ先です。


この頃は
怒りもありましたし。


でも それでいいんです。
わたしは この時期の自分を褒めたいです。
 よく頑張りました。



思うと、
ひとりで行動できる努力をしていた気がします。

中学生の頃は
教室移動でも 集団の中で
ひとりになるのが怖くて
誰かを見つけて いっしょに 移動したりしていた気がしますが、
高校になると
そういう自分の弱さに 気づいて
自分に勝ちたい、と思い始めます。



意外にも ひとりは合っていて、楽でした。
それに 不思議なことに
 他人の目を気にせず 動けば動くほど
気がつくと
周りに 友達が増えていきます。


当時は 少し悪い子っていうと
ツッパリと言われた時代です。
男子は 高校は 短ラン、ボンタンが多かったのかな。
女子は 長めのスカート。

わたし自身は、
大まかに 何かに当てはめられるのが好きじゃないので 流行っているものを そのまんま取り入れるのではなくて、
好きなように 自分なりに 変えて取り入れていました。

あまのじゃくなところもあるのかもしれないです。



 真面目ではないけど
不良でもない、という感じだったと思います。

髪の色は生まれつき
人より色も薄めの色で
薄茶です。

 一度、オキシドールで
髪の色素が抜けると聞いて
悪く見せたいというより
実験的な気持ちで 
ほんとかな?
抜けるのかな?
と思って 両サイドに オキシドールを すっと塗ったことがありました。

なんとなく 色が 抜けました。
いやいや、ドライヤーかけると
かける度に 色が抜けていきました。
なんとなくではありません。

ええー!
どうしよう…。


なのに これも
 自分の中で たまにある感覚なのですが、

『きっと見えてない』
と思うくせがあります。

わたしのことは みんな見えていないんだと思うんです。

これは一体 どういう感覚なのでしょう。

なので
この時は ドライヤーで 結構
思った以上に 色が抜けたけど
きっと 見えない、と思い込みます。

髪のことは 自分の中で忘れてしまいます。

友達に
「わー、かっこいい」
などと 指摘されると

「え。見える?見えてるの?」
ってなるんです。


あほなんでしょうか。


この感覚は 大人になっても 続いていました。
今は ないと思います。たぶん。


随分 この『あほ』にも
救われましたけど。


高校時代は
家庭内では 相変わらず
 落ち着けないものの、
少しずつ 世界が広がっていく感じはあります。
これも 今思えば、です。

 時の流れの中では なかなか気づきづらいですが、
変わらないようで
変わっていく日常です。











𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹


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