他人を知って自分を知る
今 少しずつ 『生い立ちパズル』を書いてます。単純に自分が自分と出会うまでのことを書いていきたくて ずっと 考えてはいたんです。
嫌なことの方が多かった気はするけど 成長して 『大人』と呼ばれるようになっても いろんなことを経験します。
それで、その記事を書いていて思い出したんですが、というか、気づいてたことを 忘れていて、それを思い出したんです(笑)
よくこの世は『表裏一体』と言いますが、それはどのシーンを考えても 本当にそうで、命も生まれてきたからには 常に 死が背中合わせに ずっとそこにあります。
よくここまで この世にいたもんだ、と 思います。うん。
わたしは 何事も『当てはめる』のが 苦手です。
勿論、時には その事象に於いては 一旦、何かに当てはめておいた方が解決させやすいというものもある気はします。
でも 時が過ぎたり、場所が変わったり、集まってる人も変われば 当てはまらなくなることもあります。ズレてきたりします。
相対性理論を人に説明できる自信はないけど 何か勘違いして覚えてるかもしれないけど、アインシュタインが高校生の頃から 好きで、何故か惹かれていて、わからないままに ずっと事ある毎に 相対性理論 持ち出して ぼんやり考えていました。
今 わたしの頭の中は いろんな人の時間の流れと、自然たち(空、虫、鳥、犬や猫、植物、細胞、または宇宙、あるものすべて)の時間の流れと、そして、それらが出会って 様々な感情や 様々なそれぞれの、その時の環境や…。
書き出すときりがないんだけど、『軸を変えた時間の流れ』を 見ています。
この感覚に気づいて 慣れるまで 少し 脳内回路は ショート気味でしたが、
なんだか 慣れると ゆるやかに すべてを抱きしめられるような気持ちに至りました。
いろんな環境で いろんな人に出会い、経験していくことで、
生活していく上での時計で見る『時間』は あくまで 目安の時間で、実際にあるのは また 違う目をもって 見ることで 少し生きやすくなる気がします。
小さな頃には 理解してもらえなかったわたしの性質も、今では わたしも『HSS型HSP』とか『エンパス体質』とか その他etc、そういう性質に当てはめられ、説明もできるし、楽な部分もありますが、
わたしは その傾向にはあっても『自分』というものを 混ぜて考えると 当てはめすぎても 自分の幅が狭まっていく気がして 当てはめすぎたくないのです。自由が好きです。
見る人、感じた人が、その時のそのまま その人の景色で自由に思ってくれたらいい気がしています。
なんか勘違いされてる気がする、と思っても 、自分の感情に負けず、
目の前のことで 優先させるものを 素早く見極める、そっちを先に動かせる方が 解決するには先回りということもあります。
また、勘違いされてても 流れもそのうち変わることあります。
わたしは、良くも悪くも 好奇心旺盛で そのくせ 敏感に いろんなものを受けるので 過剰に疲れます。時には なにやら難解な詰まったもの(悪い氣)をいただいて帰る、ことをします。
でも、、なんだか わたしはそれで 自分は楽しいのです。
タイトルの内容が なかなか出てきてませんが(笑)
『他人を知って自分を知る』。
たまに 職場やいろんな場面で やはり苦手な人っています。
苦手なものは 基本 近づきません。
だけど 上に書いたように いろんなものにそれぞれの時間の流れがあることを知ったのは、その苦手な人の景色を 自ら 覗くことをして知りました。
よく職場とかで どうしても嫌われがちな上司とかいて、それも なんでだろう?と気になった時期があったのです。
わたしは、その人が苦手とか嫌いとかいうより、それ以上に 苦手で嫌いなものがありました。
上司がいない場所で 数人集まって 他人のことを悪く話す言葉の波動です。
あれは… きつい。
学生の頃から どこのグループにも属さず 誰とでも話すタイプだったけど 社会に出ても変わらず、 粘着質の氣を巻き付けるその変わらない人間の空気が嫌いでした。
同じような似たような失敗をすることって 若い頃 あったけど、あれは 自分というものを 決めつけず 知らない景色を見て たーくさん 嫌な人の裏側も見てみると 流れ変わります。
人も地球みたいに 見えない球体のようなもので、どこか 知らずに過ごしているはずです。
わたしにはできないことその人は できていたり、(あ、この人 偉そうに見えたけど 結構 ビクビクしてる人だ)という一面あったり。
誰かと出会うと 初めての感情が 自分の中から 芽生えてくることもあります。
『他人を知って自分を知る』です。
マイナスな感情が芽生えることもあるかも知れないけど それはまた それぞれの時間の流れで 結末も変化していきます。
思いついて 下手なブレブレの絵を描きました。
自分のイメージなんですが(笑)
いつまでも 小さな魂です。
いつ崩れるかわからないような土台は 『経験』です。そこに 自然から 倣ったものが芽を出して わたしの指先も 蔓をくねくね巻きながら、
花の蕾をつけながら 自分を信頼する気持ちが 何故か月に伸びるところです(笑)
たくさんの景色を見て 散歩散歩♪です。
最後の方 ぐだぐだ書いていますが。
『あなたを見つけて わたしを知る』
まだまだ 色んな人に出会い、眠っている自分がどんなものなのか、楽しみです(笑)
ゆっくりゆっくり
すべてのいのちあるものたちが 明日もずっと いい流れを掴めていけますように🍀