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生い立ちパズル 特別編:祖父

祖母が他界して 亡くなる寸前までの祖父は、
祖母がどういう気持ちでいたのか、を ずっと一日中、来る日も来る日も 考えているようでした。

静かに 考え続けました。

以前 書いた祖父の話です。


祖父は、本当に器用に色んなことが出来る人でした。
見た目も すらっと背も高く姿勢もいい。
ご近所の方から 風貌が『小説家』『画家』『先生』みたいと言われていました。
 寡黙で いつも窓際の椅子に座り、煙草をくゆらせ、 白い煙の中で 静寂に包まれ、読書をしていました。

煙草は好きじゃないけど
あの光景は綺麗でした。

着る服は、白いワイシャツにスラックスというシンプルな格好を好み、時にカーディガンを羽織っています。
ロマンスグレーのどことなく色気のある人です。


わたしが見たところでの話をします。
祖父は 意地悪な人でもないし、冗談を言うタイプでもないし、
嫌な顔もしない。
 寡黙で 頭も良く、怒る姿を見たことがない人です。
笑う時も 静かに笑います。
声を立てて笑うことはありませんが 楽しそうな笑顔です。


ただ、根っからの遊び人で 実家に迷惑をかけて、祖母にも 苦労をかけたんですが、なんというか、
魂がとても純粋な気がするのです。
遊び人と言っても ちゃらちゃらしてないんです。

女遊びをしても 悪気がない。
それは 祖母にとっては 一番 辛いことだったと思うのですが、
祖父は 恐らく 祖母と別れる気持ちもなく、ただ 知り合った女性が魅力的で その気持ちに 素直に行動したというだけのことだったんだろうな、と思います。
だって 今はあの人が好きなんだって感じかな。

なので 普通に悪気なく戻ってきます。


晩年、女性とも 縁を切り、家にいるようになったのですが、
毎日 朝夕の散歩を欠かさなかった祖父も 祖母が他界してからは
散歩の回数が減っていきました。

何度も うちに来ないか、と 聞いたのですが
家を離れたくないと言います。

放っておくのも心配なので
わたしは、子供たちを学校に送り出してから 祖父の様子を見に行く日々が始まります。

でも それはそんなに長い期間ではありませんでした。
祖母が他界してから 1年くらいだったかもしれません。

家に行くと、
いつもいつも布団の中で 寝ています。
たまに 座って 読書はしていましたが
布団に入って 静かなので
寝ているのかな、と覗くと
目は開いています。

天井をぼんやり見上げながら 祖母の気持ちを考えていたようでした。


ご飯の支度や 頼まれた用事をして 
少し話をするのですが、

「ばあちゃんは どんな気持ちでいたんやろう」
「わしが あんなふうにしていた頃 ばあちゃんは…」

ずっと 祖母の話です。

ある日、祖父はわたしに言います。
「みぞ、わしが死んだら 迷惑か?」

また 胸がぞわぞわします。
義父の死が まだまだ 鮮明に脳に残っていました。

義父のことは 祖父とちらっと話に出た時、もしかしたら 心配性だった祖母が 呼んだのかもしれないね、という話になったことがあります。
その後 義父の話をすることはなかったです。


そして。
また 祖父が死にたいと口にし始めます。

 「死んだあとは 暫く迷惑かけても 死んだ方が みぞも 毎日大変な中 来なくてすむし、生きているほうが みんなに 嫌な思いをさせるから」
と言うのです。

わたしは悲しい気持ちになりました。


だめだめ。
祖父に 悲しい顔見せたらだめ。


少し 頑張って 明るく
「迷惑だよ。死ぬのはね。
でも、生きていてくれることは迷惑なんかじゃないよ。
わたしがやりたくて、ここに来たくてやってるだけなんだから。来たいんだから。自ら死ぬことは 選ばないでほしい。」

「明日も来るよ」
と にこにこしてみました。

「そうか…」
と 微かに笑い返しながらも どこかまだ 納得はできていない様子です。


祖父は そんなことをしない、と信頼していました。
でも、ひとりになった時、どんな気持ちでいるのだろう。

それを思うと 苦しくて苦しくて。
 帰りに運転しながら 泣けました。

大雨の日だったので
 大泣きしても 雨が隠してくれる気がして
対向車も気にせず 泣きながら運転しました。

そして、不思議なことが起きます。

 祈って願った通りに 大雨が ぴたっと止んだのです。


祖父は 
自ら死にたいということを 口にするようになってから 
わたしが行く度 それを言っていました。
その都度 にこにこ笑顔で 抱きしめていました。

結構な心の打撃があるのですが
ここは わたしが受け止めるんです。

叔父も母も 頼りにならないし、
死を口にするのは わたしにだけだったようです。
母に話したら
そんなふうに言ってるのを聞いたことないと言ってました。

 祖父は 母に
「おまえ(母のこと)は お金のこと頼む。お金はおまえが出してくれ。みぞは こころ。みぞには わしが死んだ後 ばあちゃんが欠かさなかったお墓参りを頼む。」
と言っていたそうです。

母は
「はあ?」
と笑っていました。


それから さほど時が経たない間に
祖父は 肺を悪くします。
ヘビースモーカーでした。

忘れたのですが…
祖父も 少し珍しい肺の厄介な病だったと思います。

そして、地元は離れたくないとのことだったので ひとりにはしておけず、母が手続きをした、老人ホームへ移ることになりました。

そこにも しょっ中 会いに行きましたが、日当たり悪そうな暗い印象しか残っていません。

早く 出してあげたいなぁ、と思っていました。

祖父は わたし達に迷惑をかける方が 苦痛だったようで 老人ホームには すすんで入っていました。

その後は、そんなに長くはなく、
少しずつ 体調は悪化し、
地元の病院へ入院することとなります。

入院して どれくらい経った頃なのか 覚えていませんが、
祖父は少しずつ 認知症になっていきました。

もうその頃は 死にたいとは言わなくなっていました。

 会いに行くと、
「みぞ、下で 船が出るんやけど 見てきてくれないか。」
と言います。

え?
病院…と言いかけたのですが 止めました。

祖父の言葉に乗っかることにしました。

「船?あ、そうなん?おっけー。見とくね。」
と 話の軸を合わせて 会話をたのしむことにしたのです。

 この時の祖父には どんな光景が 頭に浮かんでいたんだろうなぁ、と のちのち考えたりもしました。

祖父が ボケた…、と感じた最初の頃は
寂しかったです。
とてもとても寂しかったです。
普通の会話が成り立たないし、
あんなに シャキッとして いつも凛としていた祖父が… と思うと。

でも ある時 思ったんです。
祖父は祖父に変わりない、
だけど、目の前の祖父は 新しいキャラ変祖父。
よーし、会話をたのしまなきゃ、と。


いつも新聞を買ってきてほしい、と よくお願いされるので 近くのコンビニで 買って行くのですが
 一度 慌ただしくして行ったので 買い忘れた日があったんです。

祖父と いつものように話をして
「あ。もう帰らないと。子供たち帰ってくる。新聞いる?」
と聞くと

「いらない」
と答えます。

「わかった。じゃあ そろそろ帰るね。また明日来るね」
と帰ろうとすると

「新聞がない。新聞は?」
と言うので

「いるんかーい」
とつっこんで
 急いで買ってきて
新聞を渡すと
逆さに読んでるんです。

それ読めてる?と思うと おかしくて ツボるんですが
つっこまなければいけません。

「逆さやないかーい」
と 新聞を戻して持たせて帰ったこともあります。

時には 子供たちを連れていくと
「賑やかやけど にわとりか」
と 真顔で言うので

笑いを堪えきれず
子供たちにも
「えええ!君たちは にわとりだったのかぁあ!」
と オーバーリアクションで 反応すると
子供たちも げらげら。
祖父は至って 真面目。

白い壁のシミを見て
「ここが 日本か。そしたら アメリカはどこになるのか」
みたいなことを言うので 

「んー…  ここだね」
と指差して 教えてあげたり。


看護師さんのことも なんかおかしなこと言ってた気がしますが 忘れてしまって残念です。

それが
亡くなる前日に ふと、一瞬、元に戻りました。
「みぞ。おまえには不思議な力があるように思うぞ。人を癒す何か… 福祉関係とかそういう職業が合うんじゃないか。」
と 話してくれました。

この言葉が まともに会話した最後でした。


 祖父の魂は 何故だか、
純粋で素直な印象です。

人の魂が なんとなくおぼろげに みえるようになりました。
それも合っているのか合っていないのかは わからないけど
その人自身が気づいていない気持ちのもつれ方も  気づくことが たまにあります。
疲れるので 見えないようにはしてるのですが 感じたりはします。

祖父は 純粋な魂でした。
熱い情熱は なかったけど
静かなたのしみを持てる人でした。
散歩好きで 歩くのもはやく、結構 遠くまで歩いていたようですが、
祖父の目には何が映ったのだろうなぁ、
いっしょに散歩してみたかったなぁ、と 今になって思います。

祖父からは 育ちの良さも感じられました。
決まった季節に 忘れずにちゃんと咲いてくれる野花のような安心感もあったように思います。
現実的じゃない、非現実的な景色も 祖父から伺えます。
綺麗なものを見ていたんだろうな、きっと。

祖父が息を引き取ったのは 夜中でしたが、
その日 いっしょにいた方がいい気がして
看護師さんにも話したのですが
大丈夫だと思います、ということで 帰宅してしまい、自分の勘を信じればよかったと 悔やみました。

祖父を たったひとりで 逝かせてしまいました。
それは心残りとなりました。

とっても、祖父らしいんですけど。


祖父母が他界して、
わたしには 本当に誰もいなくなったと 感じました。



 𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹




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