大学非常勤講師の「10年超え」無期転換ルールを制限した裁判例【専修大学(無期転換)事件(東京地判令和3年12月16日(第1審)労働判例1259号41頁】
労働契約法18条は、通算5年を超えて労働契約が更新されることになる有期契約労働者に対して、無期労働契約の申込みをする権利を認めています。
ところが、大学教員や研究者については、科学イノベ法や大学教員法という特別法によりこの「5年」が「10年」と読み替えられています(科学イノベ法15条の2柱書、教員任期法7条)。
現在は、この「10年超え」を前にした無期転換阻止のための大量雇止めが危惧される状況にあります。
ところで、この「10年超え」の規定に関し、今般、語学の非常勤講師についてその適用を否認する裁判例が出ました。
この裁判例が最高裁で支持された場合、一部の非常勤講師については「10年超え」どころか「5年超え」による無期転換権を行使できるということになるかもしれず、大きな影響力をもつことになりそうです。
そこで、今回は、そのような語学の非常勤講師に対する「10年超え」を否認した事例として学校法人専修大学(無期転換)事件(東京地判令和3年12月16日(第1審)労働判例1259号41頁)を取り上げたいと思います。
どのような事案だったか
本件は、被告大学法人との間で有期労働契約を締結して更新している原告が、初回の労働契約開始から5年を超えることとなったため、被告法人に対し、労働契約法18条1項に基づく無期転換の申込みをしたところ、被告法人より「原告は科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(科学イノベ法)15条の2第1項1号に定める「研究者等」に該当する。そのため、労働契約法18条1項の「5年」は「10年」と読み替えられる。したがって、原告に無期転換権は発生していない」と反論した事案です。
以上について、裁判所は原告の請求を認めました(控訴審も同様。東京高裁令和4年7月6日判決・労働判例1273号19頁)。
本件の事実関係
裁判所が認定した事実の要約は以下のとおりです。
契約更新状況と無期転換拒絶について
原告は、平成元年、被告法人との間で専修大学でA語の非常勤講師(B学部所属)として就労することを内容とする同年4月1日を始期とする契約期間約1年の有期労働契約を締結。
平成25年4月1日(労契法18条適用)以降も、令和3年3月まで7回にわたり1年間の有期雇用契約を更新
令和元年6月20日、原告、被告法人に対して労契法18条1項に基づく無期労働契約の申込みの意思表示
令和元年12月16日、被告法人、原告に対して科学イノベ法15条の2第1号への該当を理由として無期転換権を否認する回答。
原告の研究実績について
昭和62年5月、日本A文学会に入会・所属
昭和63年4月から11月までE大学E1学科非常勤助手A語担を務める
平成元年3月にD大学D1大学院研究科A文学専攻博士課程を退学。また、それまでにA文学に関する学術論文4本(修士論文1本を含む。)を同大学院A文研究会などが発行する学術誌に発表
原告の業務内容について
被告法人では、原告のような専修大学の非常勤講師などに適用される専修大学兼任教員就業規則がある。
同規則20条は、兼任教員の採用後の職務について、授業の実施及び準備等を含めた教育関連業務に従事するものと定めている。
原告は、専修大学において、学部生に対する教養科目としてのA語初級から中級までの授業、試験及びこれに関連する業務を担当。
原告は、専修大学において研究関連業務には従事しておらず、研究室の割り当てや研究費の支給は受けていない。
科学イノベ法「10年超え」特例について
科学イノベ法15条の2第1号は「研究者等」につき、労契法18条1項の「5年」を「10年」とする定めをしている。
同法は令和2年に改正されており、同法2条1項は「この法律において「研究開発」とは、科学技術に関する試験若しくは研究又は科学技術に関する開発をいう。」とされ、同法15条の2第1項以外においても、「科学技術」には人文科学に関する者を含む旨改められる。
ただし、「研究開発等」「研究者等」を定義する規定に変更はない。
なお、科学イノベ法2条は「研究開発」を「研究開発又は研究開発の成果の普及若しくは実用化をいう。」と、研究者等を科学技術に関する研究者及び技術者(研究開発の補助を行う人材を含む。)と定めています。
裁判所の判断
裁判所は以下のとおりに述べて原告の請求を認めました。
原告が科学イノベ法15条の2第1項1号に定める「科学技術に関する研究者」については、労契法18条1項に基づく無期転換権につき「10年超え」の特例を設けている。そして、この「10年超え」の趣旨は、科学技術に関する試験・研究・開発は、5年を超えた期間の定めのあるプロジェクトとして行われることも少ないところ、このような有期のプロジェクトに参画している有期労働契約労働者に対して5年超えでの無期転換申込権を認めると、無期転換回避のために通算期間が5年を超える前に雇止めされるおそれがあり、これによりプロジェクトについての専門的知見が散逸し、かつ、当該労働者が業績を挙げることができなくなるため、このような事態を回避することにあると解される。
このような趣旨からすると、科学イノベ法15条の2第1項1号の「研究者」には、研究開発及びこれに関連する業務に従事するため有期労働契約を締結している者であること、すなわち、研究開発法人又は有期労働契約を締結した者が設置する大学等において、研究業務及びこれに関連する業務に従事している者であることを要する。
そのため、研究を行わず教育のみを担当する講師についてはここでいう「研究者」に該当しない。
原告の職務は、学部生に対する初級から中級までのA語の授業、試験及びこれらの関連業務に限られており、これが原告の研究業績に裏打ちされた見識に基づき遂行されているとしても、原告が専修大学において職務として研究に従事していると認めることはできないから、原告は「研究者」に該当しない。
そのため、原告には科学イノベ法15条の2第1項1号の適用はないから、労契法18条1項により無期転換申込権を有している。そして、原告は令和元年6月20日に同条に基づく無期労働契約の申込みをしている。
したがって、原告は被告法人に対する無期契約労働者としての地位を有する。
判決に対するコメント
結論・理由付ともに賛成です。
以下、科学イノベ法と、少し本筋から外れるものの、今回の関連法令として教員任期法についてコメントします。
科学イノベ法について
今回の裁判所は、科学イノベ法15条の2第1項1号の「研究者」に当たるためには、実際に教育だけではなく研究(及びその研究関連)業務に従事している必要がある旨を説明し、本件について原告が研究業務(またはその関連業務)を行っていないことを理由に同規定の適用をしました。
確かに、同規定の定める「研究者」という文言からすると、現実に研究を行っていない者を含めることは直感的に難しそうに思われます。
また、労契法18条が無期転換申込権を認める趣旨が、労働者の地位の早期の安定化にあることからすれば、同条の例外は限定的に解釈する必要もありそうです。
その上で、今回の裁判所は、関連法令の内容をも検討の上、科学イノベ法の趣旨につき、「科学技術に関する試験・研究・開発は、5年を超えた期間の定めのあるプロジェクトとして行われることも少ないところ、このような有期のプロジェクトに参画している有期契約労働者に対して5年超えでの無期転換申込権を認めると、無期転換回避のために通算期間が5年を超える前に雇止めされるおそれがある」点にあると導きました。
すなわち、今回の裁判所によると、「10年超え」の例外は科学イノベ法の趣旨は研究プロジェクトの実現という目的のもと認められているのだから、「研究者」とされる範囲も、その目的達成のため必要最小限の範囲で認めらるべきと述べているようです。
このように、今回の裁判所の判断は、「研究者」という文言や、労働者の地位の安定という労契法18条の趣旨にも整合する上、科学イノベ法の制定趣旨から「研究者」の意義を詳細に検討していることから非常に強い説得力を感じました。
教員任期法について
今回の裁判例では、傍論ではありますが、関連法令として教員任期法の適用範囲にも触れています。
教員任期法とは、大学教員(教授、准教授、助教、講師及び助手)などの任期について定めている法律です。
すなわち、教員任期法4条は、これらの教員につき「先端的、学際的又は総合的な教育研究である」場合には任期を定めることができ、かつ、同法5条が定める就業規則を定める場合には、同法7条によりやはり「10年超え」の特例が適用されるとしています。
そして、今回の裁判所は、この教員任期法の規定につき、「10年超えの特例が適用される対象を限定した上、手続的にも厳格な定めを置い」たものであると指摘しています。
同時に、今回の裁判例は、科学イノベ法15条の2第1項1号と教員任期法7条の関係について「科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「研究者」につき、研究実績がある者、又は、大学等を設置する者が行った採用の選考過程において研究実績を考慮された者であれば「研究者」に該当すると解した場合、大学教員は、研究実績がある者であったり、研究実績を選考過程で考慮された者であったりすることがほとんどであるから、任期法7条が適用対象を・・・限定したことは無意味となり、このような解釈は不合理である。」とも指摘しています。
この点、先行裁判例では、この教員任期法の「教員」については、およそ大学の教員であれば緩やかに適用されるような解釈がされがちです(学校法人羽衣学園(羽衣国際大学)事件・大阪地裁令和4年1月31日判決、学校法人梅光学院ほか(特任准教授)事件・広島高裁平成31年4月28日判決)。
しかし、今回の東京地裁(及びそれを支持した東京高裁)の判決によれば、教員任期法で任期付の対象となる「教員」についても「実際に研究に関する業務に従事している者」に限られると読めそうです。
というのも、およそ大学教員であれば研究関連業務への従事に関係なく教員任期法7条(及びその前提となる4条)が適用されるとなれば、教員任期法につき適用範囲を「限定した」と表現することはないはずだからです。
このことから、今回の裁判所は科学イノベ法だけではなく、教員任期法の対象となる「教員」の範囲も研究関連業務に従事している者に限られていると考えていることがうかがわれるのです。
このように、今回の裁判例は教員任期法について制限的な解釈をした裁判例としても位置づけることができると考えられます。
そのため、今回の裁判例は今後の最高裁の判断次第ですが、有期契約で就労している一部の大学教員に大きな影響を与える可能性があるといえ、今後の動向が注目されるところです。
最後に
以上、専修大学(無期転換)事件(第1審)を取り上げました。
今回の事件は、直接的には大学教員の任期が問題となっているため、一般の企業には縁が遠い事件だったかもしれません。
しかしながら、今回の裁判所の判断からは、例外規定の適用の範囲につき、「法律の文言」と「原則規定の趣旨」と「例外規定が設けられた趣旨」から解釈していくという、法律家として当たり前の解釈手順をしており、その意味で法律家の思考を勉強するには良質な教材になると感じました。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。
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