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高年齢者雇用に潜む法務リスク【譴責処分を理由とする定年後雇用契約の解除が否認された事例・ヤマサン食品工業事件・富山地裁令和4年7月20日判決・労働判例1273号5頁】

我が国の特徴的な労働慣行として、「定年制」があります。
この「定年制」は、一定の年齢になれば自動的に労働契約が終了するというものであり、長期雇用と人材の新陳代謝を両立させられるという点にメリットがあるとされています。

今日では高齢者雇用安定法8条により定年制を採用する場合の定年の下限は60歳となっています。
また、企業においては、労働者が定年を迎えても直ちに労働契約を完全に終了させるのではなく、定年そのものの廃止や継続雇用制度の実施などにより高年齢者の雇用を維持することが求められています(高年法9条1項)。

ところで、この高年法ですが、この法律自体は飽くまで行政上の取締り・規制を目的とする法律であるため、同法に違反して継続雇用制度を採用していなかったとしても、それだけで労働者側は継続雇用の存在を前提とする地位確認などを請求できるわけではないとされています。

それでは、継続雇用制度自体は既に存在するものの、その内容が古くて現在の高安法に合わない場合、労働者側はその内容の古い部分だけの無効を主張して労働者としての地位を確認したとした場合はどうか?

今回は、そのような点が問題となった事例として、ヤマサン食品工業事件・富山地裁令和4年7月20日判決・労働判例1273号5頁を取り上げます。

どんな事案だったか?

本件は、被告会社に定年まで勤務してきた原告労働者が、被告会社との間で定年の翌日を始期とする嘱託雇用契約を締結していたにもかかわらず、被告会社から譴責の懲戒処分を受けたことを理由に同嘱託雇用契約を解除されたとして、その解除の無効を前提とする労働者としての地位確認及び未払賃金(バックペイ)請求をしたという事案です。

これに対し、被告側は、平成24年改正前の高年齢者雇用安定法9条2項に基づく労使協定を締結し、嘱託職員となる者は人事評価基準を含む要件を満たす必要があるとの基準を定めた継続雇用制度を導入していたところ、原告の能力はその制度が定める水準を満たしていなかったなどと主張して契約解除を有効と主張しました。

以上に対し、裁判所は原告の請求を認めました。

本件の事実経過

裁判所が認定した事実経過は以下のとおりです。

  • 平成24年3月21日、原告(昭和35年7月生まれ)は被告との間で雇用契約を締結して正社員として入社

  • 令和2年2月20日、原告が同年7月20日に定年を迎えることから定年後の再雇用につき嘱託雇用契約に関する合意書を作成する。そのなかに、令和2年7月20日までに「就業規則の定めに抵触した場合」には合意を破棄できるとの条項が存在した

  • 令和2年4月7日、東京都ほか6府県に対して新型コロナ感染の緊急事態宣言が出される。これを受けて、被告会社では従業員に対し在宅勤務や自宅待機を命ずる。原告も、同月9日以降は週1回程度の出社を除いて在宅勤務又は自宅待機を指示される

  • 令和2年4月13日、原告、被告の総務課長に対し、地元の福祉施設に提供するために除菌水を持ち帰りたいと求める。これに対し、総務課長はF社副代表Cに尋ねるよう言われる。

  • 令和2年4月14日、原告、自宅待機中であったが、Cから依頼されていた日本酒の情報を提供するためにF社を訪れ、その際に除菌水の持ち帰りの許可を求める。これに対し、Cは福祉施設への提供は断ったものの、除菌水の持ち帰りは認める。そこで、原告は20リットルのポリタンク2本分の除菌水を持ち帰る

  • 令和2年4月16日、原告、自宅待機中であったが、上記の日本酒を持参してF社を訪れて20リットルのポリタンク2本分の除菌水を持ち帰る。

  • 令和2年4月23日までに、C社から被告会社に対して原告による大量の除菌水の持ち帰りにつき抗議がある。そこで、被告会社において原告の面談の上で弁明を聴取したところ、自宅待機中にF社を訪問し自家の洗濯用に除菌水を持ち帰った旨を説明し、反省の弁を述べる

  • 令和2年4月27日、被告会社から原告に対し、令和2年4月14日と同月16日の私用外出が自宅待機の業務命令違反に当たるとして譴責の懲戒処分を下し、始末書の提出を命ずる

  • 令和2年5月7日、原告、被告会社に対して無断外出について謝罪するとともに改めて社員としての自覚をもつ旨の始末書を提出

  • 令和2年7月8日、被告会社、原告に対し、上記譴責の懲戒処分が合意書に定める「就業規則の定めに抵触した場合」に当たるとして嘱託雇用契約を締結しない旨を通知

裁判所の判断

裁判所は「嘱託雇用契約の解除の有効要件」と「原告に対する解除の有効性」について、以下のとおり述べて原告の主張と請求を認めました。

嘱託雇用契約の解除の有効要件について

  • 平成24年改正前の高年法9条2項においては、労使協定により継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めることが認められていたが、同年の改正によりその基準は削除され、一部の経過措置の対象者以外については、継続雇用を希望する定年到達者全員を65歳まで継続雇用することが義務付けられている。

  • 平成24年高年法改正の趣旨は、老齢厚生年金の受給開始年齢までの収入を確保することにある。

  • 行政は、同法改正に際し「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」を出しており、そのなかでは「継続雇用制度を導入する場合には、希望者全員を対象とする制度とすること、心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状態が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由・・・に該当する場合には、継続雇用しないことができることとされるとともに、解雇事由又は退職事由とは異なる運営基準を設けることは平成24年改正法の趣旨を没却するおそれがあること、及び継続雇用しないことについて客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられることに留意することなどとされている。この内容を踏まえると、労使協定又は就業規則において、これと異なる基準を設けることは、平成24年改正後の高年法の趣旨を没却するものとして、許されない

  • 被告会社における継続雇用制度は、平成24年高年法改正の趣旨を踏まえ、一定の基準年齢に達するまでは、同社の労使協定に定める基準を適用することなく、解雇事由又は退職事由に該当する事由がない限り再雇用するという内容であると解釈すべき

原告に対する解除の有効性

  • 確かに、原告は、少なくとも2回にわたり、自宅待機命令に反して外出に及んでおり、やむを得ない事情があったとも認められないから、業務命令に違反したことが認められる。また、その際に原告が合計80リットルもの除菌水を持ち帰った行為についても、配慮を欠いていた行動であったとはいえる

  • しかし、原告は、弁明聴取の面談時に概ね事実を認めて反省を述べ、始末書を提出している。また、その後に原告は同様の行為に及んでいない

  • 被告会社においても譴責という軽い処分にとどめている

  • 除菌水の持ち帰りについては、一定量を上限とするような明確な基準はなかった上、一応事前にCに話を通していた

  • 以上を踏まえると、原告の上記行為が職場の秩序を乱したとか情状が悪質であるなどの就業規則に定める解雇事由に相当するほどの事情はな

  • したがって、被告は嘱託雇用契約を解除できないから、原告は被告会社の労働者としての地位がある

判決に対するコメント

結論、理由付けともに賛成です。
ただ、高年法の趣旨に違反することの法的効果をどのように位置づけるかには課題を感じました。

まず前提として、高年法では9条1項によって、定年制を採用している事業主に対し「定年の引き上げ」「継続雇用制度」「定年の廃止」のいずれかの雇用確保措置を講ずるよう求めています。
このうち、実際によく用いられているのは「継続雇用制度」であり、具体的には、定年によりいったんそれまでの労働契約を終了させた後、改めて有期で労働契約を締結するという方法が用いられています。
今回の嘱託雇用契約も、この「継続雇用制度」のひとつと位置づけられます。

ところで、この高年法の継続雇用制度については、平成24年改正までは労使協定の定める基準により継続雇用する労働者を一定の範囲に限定することが認められていました(改正前高年法9条2項)。

しかしながら、同年の改正によりこの規定は削除されたため、現在では継続雇用の対象となる労働者を限定することは許されなくなっております。

もっとも、同法9条の規制は飽くまで行政上の取り締まりを目的とするものです。
そのため、同法に違反して雇用確保措置をとっていなかったり、継続雇用制度の対象者を限定しているとしても、その民事上を果たしてどのように考えるべきかは別途法律解釈が必要な問題となります。

この点について、今回の裁判所は、①平成24年高年法改正の趣旨を老齢厚生年金の受給開始年齢までの収入確保(=雇用機会の確保)にあること、②行政が出した「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」において、雇用継続をしない場合を解雇権濫用法理が適用される場合に類する場合に限定していることを理由に挙げ、労使協定や就業規則で指針に反する規定を設けることは「高年法の趣旨を没却するものとして、許されない」としました。

この文章を読むと、今回の裁判所は、要するに「継続雇用制度を設ける場合には対象者を限定する規定を設けてもその部分は無効と解釈するよ」と述べているようです。
ただ、公序良俗違反による無効(民法90条)を明示しているわけではなく、判決文上は飽くまで「高年法の趣旨を没却するものとして、許されない」としか書かれていない点に歯切れの悪さを感じます。
この点は、あるいは裁判所としても高年法の規定を根拠から直ちに民事法上の無効判断を導くことに躊躇があったのかもしれません。

ただ、結論として裁判所は被告会社の継続雇用制度につき「一定の基準年齢に達するまでは、同社の労使協定に定める基準を適用することなく、解雇事由又は退職事由に該当する事由がない限り再雇用するという内容」として、継続拒否ができる場合を解雇権濫用法理(労働契約法16条)や雇止め法理(労働契約法19条2号)が適用される場合と同様に限定しています。
そうすると、やはり裁判所の本音としては、継続雇用制度を設けている以上は、その対象者を限定する規定の部分は民事上も無効になると解釈しているのではないかと理解しています。

なお、継続雇用制度について就業規則で定めている場合で、同様の問題が起こった場合には、その規定の一部分が不合理であるとして労働契約法7条を理由とする無効の主張ができますので、裁判所としてもはっきり無効と明言しやすいのではないかなとも感じました。

いずれにしても、いったん継続雇用制度を設けた以上、現行の高年法や指針に反して対象者を限定するような対応をすれば、今回のように契約解除や契約の申込み拒絶が無効になる可能性は高いという点は、高年齢者の雇用管理をする上で十分意識しておく必要があるように思われます。

最後に

以上、ヤマサン食品工業事件を取り上げました。

高年齢者の雇用管理については、高年法が高齢者の雇用確保措置を命じている以上、今回のように使用者側は継続雇用を拒絶できないと心得る必要がありそうです。
その他にも、高年齢者をめぐる労務管理には

  1. 有期の再雇用契約を締結した後も、その有期雇用には一定の年齢までは契約更新への合理的期待があり容易には雇止めできないこと

  2. 通算5年を超える有期労働契約となるときは原則として労働契約法18条による無期転換権も発生すること、

  3. 職務変更がない場合にはパート有期法9条による均衡待遇も問題になること

など、実に多くの課題が生じます。
また、今後も高年齢者雇用については頻繁に制度改定が行われることが予想されるところです。
高年齢者の処遇のあり方は年々複雑化する一方なので、適宜弁護士などの専門家に相談することをおすすめいたします。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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