年休取得には締切が必要?ー終期の曖昧さを理由に年休取得が否認された事例ー
私傷病で長期にわたり休業する場合、労働者は労働契約で約束された労務提供の義務を果たせないため、解雇とならざるを得ないことがあります。
しかしながら、多くの企業は直ちに労働者を解雇するのではなく、一定期間の休職規定を設け、その期間を経過しても復職ができない体調の場合には自然退職(または解雇扱い)という対応をします。
この休職規定を適用して自然退職を有効とするためには、その前提として有効に休職命令を発令する必要があります。
それでは、「休職命令日に有休を取得していた」と主張された場合、休職命令の効果はどうなるのか?
それ以前に、 年休を取得する際に労働者はどこまで厳密に期間を指定する必要があるのか?
今回取り扱う高島事件(東京地裁令和4年2月9日判決)は、そのような点が問題となった事案です。
どのような事件だったか
本件は、休職命令を受けた後、所定の休職期間を経過しても体調が回復しなかった原告が、被告会社から自然退職扱いとされたため、「発令日の時点で労働者側で年休を取得していたから休職命令は違法。したがって解雇は無効である」と主張して被告会社に労働者としての地位確認及び未払賃金を請求した事案です。
裁判所は原告の請求を棄却しました。
裁判所が認定した事実経過の概要
今回の事件で裁判所が認定した事実経過の概要は次のとおりです。
平成29年7月1日、原告、被告との間で期限の定めのない労働契約を締結
令和元年6月5日、原告から被告会社側に対し、主治医からストレス反応を理由に2か月自宅療養が必要との診断を受けた旨のメール。そのなかには「今月3日からは年休をいただき、その後は病欠でお願い致します。」との記載があった。
令和元年6月10日、被告会社から原告に対する休職命令の発令。期限は7月31日まで。同休職命令には延長時の最大休職期間は初日から起算して3か月である9月9日までであることが記載されていた。
同日、原告から被告会社に対して「一応確認事項として、年休は先に全部消化希望ですが、会社としては本日までとし、以降病欠とし、復職後年休消化が可となった事ですね。」などと記載したメールが送信される。
令和元年7月29日、被告から原告に対して再度の休職命令。期限は9月9日まで。
令和元年9月9日、原告の体調が回復しなかったため自然退職扱いとなる。
なお、仮に原告の年休取得が認められた場合、休職可能期間が3か月から6か月に延長されるという事情がありました。
判決理由の概要
裁判所は次のような理由で原告の請求を棄却しました。
年休は、労働者が使用者に対し自ら有する休暇日数の範囲内で具体的に休暇の始期と終期を指定したときに成立するものであるところ、時期指定した休暇の始期と終期は明確なものであることを要するというべきである。
令和元年6月5日のメールは、年休の終期について多義的な解釈が可能であって、一義的に明確とはいえない。
令和元年6月10日のメールは、飽くまで原告の「希望」を述べているだけであり、年休の時季指定権を行使したと読み取ることはできない。
したがって、令和元年6月10日時点で原告は年休を取得していたとはいえないから、同日付で発令された休職命令は有効。
以上から、休職期間満了による退職扱いも有効。
判決に対するコメント
労働者側にとって殊更に厳しい判決であり、最高裁の先例とも整合しないように映りました。
その理由を書いていきます。
最高裁の読み方に違和感あり
今回の裁判所は、「労働者が・・・休暇日数の範囲内で具体的に休暇の始期と終期をしたときに」年休権が行使されるとした昭和48年3月2日の最高裁第2小法廷判決(全林野白石営林署事件)を根拠に、「時期指定した休暇の始期と終期は明確なものであることを要する」としています。
この点について、同最高裁判決は、労働者の年休取得のためには年休権を行使するという意思が使用者側に到達すれば足り、使用者側の承認を要しないという点に意義がある判決のはずです。すなわち、同判決は労働者による年休権を強く保障した判例であるはずです。
そのため、同最高裁の判決文を労働者の年休権行使の制約根拠に用いるのは強い違和感があります。
また、同判決文は確かに「具体的な休暇の始期と終期を特定して」年休権を行使すべきと記載していますが、この部分は「使用者側において把握可能な範囲で特定していれば足りる」と解釈することも可能ではないかと思われます。
すなわち、使用者側としては労働者の年休権の行使範囲が不明確であれば、労働者に対して年休の残日数を教示した上で具体的にいつまで年休を取得するのかを確認することはできるはずです。
そのため、労働者側が「残っている全ての年休を行使する」という意思を示せば、十分に年休の終期を特定することはできるのではないかと考えます。
したがって、今回の裁判所が「明確な」終期の特定を求めた点については、最高裁にない要件を追加しているように映り違和感があります。
労働者は年休の正確な日数を把握しているか
また、今回の裁判所は年休の実態にもそぐわないように思われます。
すなわち、労働者が自身にどの程度の年休が残っているかを正確に把握していないという事態はしばしばあります。
そういうなか、労働者が残っている年休の日数の範囲内で正確に終期を特定しなければならない、そうしないと年休取得の効果を認めないというのは労働者に過剰な負担を与えるものとして実態に合わず、最高裁の趣旨にも反しているように思われます。
令和元年6月10日までの不出勤の扱いはどうなったのか
今回の裁判所の理屈を一貫させれば、原告の令和元年6月5日時点の年休権行使が認められないのであれば、同月10日までの原告の不出勤は欠勤と扱われることになるはずです。
しかしながら、この点について裁判所は、「〔被告会社側は〕休職の発令日までは年休を取得し、その後は休職扱いにしてほしいという内容であると理解している」としています。
この記載からすると、裁判所は同月10日までの年休の取得を認めたということになりそうです。しかし、そうすると労働者が「明確に」終期を指定しないと年休権の行使を認めないという判断との間で矛盾が生じるように思います。
休職命令の時期を変更すればよかった
さらに、今回の判決のように年休権の行使を制限しなくとも、被告会社側には対応のしようがあったように思われます。
すなわち、今回の事例では原告の年休の残日数は15日であったとされています。
そうすると、原告から提出された診断書などにより原告が長期休業する蓋然性は高いことから、被告会社としては原告が全ての有休を消化する最後の日の翌出勤日から休職命令を発令するという方法で今回のような訴訟のリスクを回避できたはずです。
そのため、使用者側の負担という観点からも、今回の裁判のように年休権の行使を制限する必要はなかったように思われます。
まとめ
以上、今回の裁判所の判決については、最高裁の先例に書かれていない要件を追加して労働者の年休権行使を制約するものであり賛成できませんでした。
最後に:仮に解雇無効だった場合の効果は?
このように、今回の裁判所の判断内容には反対なわけですが、翻って、仮に原告の主張が通って解雇が無効となった場合、どの程度原告が救済されるのかは検討の余地ありそうです。
すなわち、今回の原告は病状発症後3か月を経過した令和元年9月9日時点でも症状が改善せず復職できる状態ではなかったといいます。
そうすると、その後も原告の症状が継続したとすれば、仮に原告の解雇が無効となったとしても、原告は依然として被告会社に対する就労ができず、しかも、そのことについて被告会社には責任がないということになります。そのため、原告はノーワーク・ノーペイの原則から労働者としての地位はあっても賃金の請求は認められないということになります。
もちろん、解雇無効判断までに体調が回復して復職可能な状態になれば、それ以降は被告会社による労務受領拒絶を理由に賃金を請求できることになるのでしょうが、仮に症状が長期化した場合には勝訴による原告の権利救済の範囲は限界がありそうです(そして、精神疾患の休職の場合、そのようなことはしばしば起こります。)。
そのため、今回のような事例の相談を受けることがあれば、私自身も解雇無効後の法律関係にまで気を配る必要があると感じました。
今回の事件は、結果として労働者側の敗訴となりましたが、今回の裁判例が一般化するかは分かりません。
そうすると、休職後の自動退職扱いには解雇権濫用法理(労働契約法16条)が適用されるため、慎重の上に慎重を期すべきという意識はもっておく必要があります。
今回も、どうすればより訴訟のリスクを低くしながら休職命令の運用ができたのか、有休の全消化をまず認めてよかったのではないか、そういう観点から読んでみると、結論はともかく、良い法務リスクの学習教材になる裁判例だったと思いました。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
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