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水の空の物語 第6章 第16話


 風花は泉の前にもどり、そっと、優月の木の前に立った。

 優月の木を見上げる。

「ねえ、優月さん。聞こえる?」

 弱っている優月に届くか分からない。聞こえるように願いながら、風花は丁寧に話しかけた。

「草花ちゃんは今の春ヶ原を見ていないよ」

 優月の姿が目の奥をよぎり、風花の声は震えた。

 優月の木はかすかな放って、今までと変わらない。だが、なぜ優月の姿は見えないんだろう。

 もしかして、もう精霊の姿を保てないでいるんだろうか。

「優月さん。草花ちゃんの中では、春ヶ原は優しい夢の世界だよ。今までと変わらないよ」

 ……好きだったよ、草花。草花の夢をこれからも護るよ。

 また声がした。

 やがて、優月の木の霊力の光は消えていった。流れていた風も消えていく。

 優月さん……?

 風花の息はつまる。 
 優月が本当に消えてしまいそうな気がした。 

「優月さん。優月さんは草花ちゃんを護ったんだよ」 

 風花は夏澄を呼ぼうと彼を捜す。

  そのとき、風花の言葉に応えるように、優月の木が輝きだした。光はだんだん強くなる。

 木の前に、透き通った人影のようなものが現れた。 

 かすかに見えるだけだが、確かに優月だ。

 また風が吹きはじめた。
 今度の風に枯れ葉は混ざっていない。暖かい風で、青葉の香りがした。

 風は草花たちを包む。
 草花たちはゆっくりと瞼を開けた。草花は瞳をこすって起き上がる。

 彼女は近くにいた小毬たちに気づくと、ふわっと抱きついて、毛に頬をうずめた。

「ありがとう、風花さん」

 優月の姿がくっきりと現れた。

 陽の光が優月に差し込む。

 優月は貴族のようなやわらかい立ち姿でいた。暖かい光の中で、今までのことを振り切ったように、優美に微笑んでいた。








 




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