水の空の物語 第3章 第27話
「三年くらい前からでしょうか。たまにこんなことが起こるのです」
優月の言葉に、夏澄は瞳を伏せる。
彼の足元の泉に、そんな夏澄の姿が映って揺れていた。
雨水が流れて地面はぬかるみ、すわれなくなっていた。ただ立ち続けるのもつらく、風花たちは泉の周りを散策していた。
ぽつぽつとしろつめ草についている水滴は、葉を深く染めていた。
清浄な雨の香りがしている。
風花は、そのしろつめ草の上空に視線を移す。
さっき、泉のようなものができた場所だ。
空の泉……。
さっき、立貴が空に造った泉が思い出される。
雪割草の精霊が見たのは、やっぱりさっき立貴くんが造った、泉なのかな?
空に湧く泉の噂は間違いなのかな?
風花はぐるぐると、そんなことを考えていた。
気がつくと、優月の話を聞き漏らしていて、あわてて耳を傾けた。
「春ヶ原に冷たい風が吹きつけます。ここには結界が張られているのですか、効き目がありません風は植物を萎れさせたり、動物の体力を奪ったりします」
「なぜ、そんなことに?」
スーフィアが訊く。
「分かりません。この春ヶ原を護っているのは、ほとんどが立貴の霊力です。でもその彼が、異常を感じていません」
「魔物かなにかの仕業ですか?」
「それも違うと思います。立貴たち湖龍の一族が護るこの辺りには、魔物は近づかないのです。……なにか感じますか?」
「え……」
逆に問い返す優月に、夏澄は首を傾けた。
「霊力の強いあなた方なら、私たちに見えない物が見えませんか? このままでは、もしかしたらこの春ヶ原は……」
穏やかな口調の割に、優月はすがるような瞳をしている。
夏澄は野原を見まわした。瞳を閉じる。少しすると彼の体が水色に光り出した。
霊力で辺りを探っているのだろう。
ずいぶん長い間そうしていたが、やがて瞳を開けた。
「すみません。なにも……」
そうですかと、優月は空を見上げた。
空は浅い茜色になっていた。
太陽の真下にある常盤万作の木の下では、草花が鹿にもたれて眠っていた。小毬とビー玉も一緒に眠っている。
立貴はそんな草花を見守るように、傍らの木に寄りかかっていた。
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