水の空の物語 第3章 第6話
「……ここまでにしよう」
長い沈黙が続いたあと、ふいに飛雨がいった。窓にもたれていた体を起こし、姿勢を正す。
「わるかったな。朝から暗い話して」
「え?」
風花は口ごもる。
「違うよ。嫌だったんじゃないよ。でも、なんていったらいいか分からなくて……」
「聞いてくれただけでいいよ。それに昔の話なんだから、気に病まなくてもいい。オレだってもう忘れてるよ。……母上のこと以外は。それに、あれのお陰で夏澄と出逢えたんだから」
飛雨は瞳を細める。
「奇跡だったんだよ。こっちのほうは絶対忘れない。風花はどうだ?」
「え? なにが?」
「夏澄と出逢ったときのこと覚えてるか?」
「三日前のこと? 飛雨くんが記憶を消したときのこと?」
「いや、それよりずっと前。遠い昔のこと」
意味の分からないことをいう。風花はふしぎに思って飛雨を見る。
彼はやけに真剣な瞳をしていた。
遠い昔という言葉で、思い出されることがあった。風花はどきりとする。
昨日、夏澄くんも同じ言葉でローフィという名のことを訊いた。
「ねえ、飛雨くん。もしかして、ローフィって名前のこと聞きたいの?」
飛雨は顔を強張らせる。
「な、な、なんだよ、いきなり」
飛雨の声は裏返る。何度も居住まいを正し、思い切り動揺していた。
「な、なんでローフィさんが出てくるんだよ?!」
「だって、飛雨くん、昨日の夏澄くんと似たこと訊くから。……夏澄くん、様子がすごくおかしかったから。気になるの」
「知らねーよ。……いや、わるい。本当は知ってる。でもいわないぞ。夏澄の色恋沙汰、ぺらぺら話すわけねーじゃん!」
「恋……」
いった風花に、飛雨はびくっと体を震わせた。左手で口を押さえる。
「恋なんていってねーよっ。聞き間違うなっ」
裏返った高い声でいう。半泣きの顔になった。
「……ああ、もうっ。詮索厳禁。この話は終わりだ!」
飛雨は、ふん、といい、風花に背中を向けた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?