水の空の物語 第6章 第23話
柑実の精霊の優月は、夏澄との会話が途切れた合間に、草花を見つめた。
彼女は愛らしい笑顔で、竹とんぼを頭の上に乗せる。
今日もあまり体調がよくないようだ。
だが、今までのように胸が灼けるように痛むことはない。
自分でも草花を護れるようになって、気が鎮まってきたのだろう。立貴の優しさにも救われた。春ヶ原を襲ったのが優月だと知っても、立貴はなにもいわなかったのだ。
前から薄々は感じていたらしい。これからは優月が疲れたとき、力を貸してくれるともいった。
今は動物たちも、心から可愛らしいと思える。
すべてが幸せだった昔と同じだった。
春ヶ原ができたときの感情のままに、周りを眺めることができる。
まるで、本当にあの頃に時間がもどったようだ。
草花は、春ヶ原を襲ったのは優月だとは知らない。あのとき、立貴が草花を眠らせてくれたからだ。
だから、草花の心も曇りがないあの頃のままだ。
葉の緑、花々の赤、安らぐ動物たち。
なつかしくて愛おしい。心が暖かい春色に染まる。
離れたところで、草を食んでいた鹿の風鈴が、優月に擦り寄ってきた。
優月は風鈴の首を撫でる。
愛しさが込みあげた。
またこんな感情が取りもどせるなんて、夢のようだった。
瞳を閉じると、そのまま眠りについてしまいそうなくらい、心は安らいでいた。
春ヶ原の大地に頬をつけて、そのまま横になってしまいたくなる。
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