水の空の物語 第3章 第10話
一本杉は、木々がまばらになった笹原の中にあった。
まだ若葉をつけていない木々の中で、笹原だけが緑に染まっている。
木陰に遮られない陽射しが、まっすぐ届いている。大きな円を描いている緑原だけが、陽の光に映えて、そこだけ明るい空間をつくっていた。
笹原の真ん中に生えている杉は、二十メートルくらいの高さだ。葉がきれいな円錐形に茂っている。
「風花っ、飛雨っ!」
明るい声が、光の笹原に響いた。
夏澄が太陽のような笑顔で、手を振っていた。一昨日の帰り際のことを忘れたような、曇りのない表情だ。
「遠くからありがとうっ」
夏澄はスーフィアと並んで、木から木に渡っている蔦にすわっていた。ふわっと、風花たちがいる岩場に降り立ってくる。
首を傾けて瞳を細め、夏澄は、風花と飛雨の手を握る。
陽だまりに立つと、夏澄の髪は、優しげな水色になった。
「今日はどこに行くんだ?」
「ここから東方がいいと思うわ。森が深くて、精霊の気配が多いのよ。どう?」
スーフィアが、飛雨の隣に降り立つ。花びらが舞い落ちたようだった。
「いいと思うぞ」
「それにね、飛雨、風花……」
夏澄は声を潜めた。
「この辺、ちょっと変わっているんだよ」
緊張気味なわりに、夏澄の表情は緩んでいる。
「動物の気配が多いんだ。他のところの倍はいるよ。それに、精霊たちの周りに、動物が集まっているように感じる」
「へえ、なんでだろうな」
「この森、きっとなにかあるよ」
夏澄は流れる風に合わせて、森を見回した。
「もしかしたら、今度こそ本当に、空に湧く泉のこと、分かるかもしれない」
うれしげな夏澄に、スーフィアと飛雨は微笑む。
夏澄のきらきらした瞳は、空を映していた。青い瞳と空の色が重なり合う。少しだけ濃くなった、ふしぎな瞳だった。
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