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水の空の物語 第4章 第23話

 風花はそっと、自宅の玄関のドアを開けた。
 左にある防音室に、灯りがついている。

 覗いてみると、母親のゆり音がヴァイオリンを弾いていた。

 ソファには、ポメラニアンのなぎさがいる。ゆり音はなぎさに、音楽を聴かせていたようだ。
 なぎさは、かなりリラックスしている。おやつを枕に眠っていた。

 なぎさはヴァイオリンの音が好きだ。

 もう一匹の愛犬のみぞれは、フルートが好きだ。

 ゆり音は動物と音楽の関係を、研究している。個々の動物の、好みの音を見つけるのが得意なのだ。

「あら、風花。飛雨くんは? やっぱり帰っちゃたの?」

 ゆり音は目だけ、風花に向ける。

「う、うん……」
 風花は緊張して歩を進めた。

 その表情に、ゆり音は手を止める。

「どうしたの?」
「あのね、ママ。飛雨くんの友達で帰ってこない子がいるんだって」

「え?」

「飛雨くん、探しているの。心配だから、わたしも手伝ってきていい?」

 うそには気が引けたが、半分は本当だ。ごめんなさいと、風花は心の中で謝る。

「いいわよー」

 ゆり音はあっさりいった。

 風花は息をつく。彼女は父親のように厳しくないので助かる。

「でも心配だから、護衛をつけるわね。月夜や星夜、暇かしら」

「い、いいよ」
 風花はあわてていう。

「お兄ちゃんたち忙しいだろうし」
「だめよー。もう夜の八時よ」

「すぐ帰ってくるからだいじょうぶ。……行ってきます」

 もう、と、ゆり音はむくれる。

「電話は持ったー? 定期連絡するのよー!」

「分かった、ありがとう」

 階段を上がり、風花は自室にあった鞄を掴んだ。
 玄関を駆け抜け、門の近くに停めてあった自転車に手をかけた。



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