水の空の物語 第3章 第5話
聞いても楽しくないぞと、飛雨はつぶやいた。
飛雨は、戦国武将の家臣の家の出身で、生まれたときから霊力を持っていたそうだ。
それを知っているのは母親だけで、他には秘密だった。
飛雨は弓が得意だった。
霊力を使うと、更に的中率が上がり、矢をかなり遠くまで飛ばすことができた。矢の速度も増した。
隠していた霊力だが、弓の訓練を重ねるうちに、いつの間にか周囲に知れていた。飛雨が十三才のときだ。それで父親に妖怪扱いされ、斬られ、海に捨てられた。
それをスーフィアが見つけ、夏澄に助けられたのだ。
「即死してもおかしくないくらいの、怪我だったんだぞ。夏澄はすごいよな」
他人事のように飛雨はわらう。
飛雨は気性が荒く、他者との関係も粗雑だった。
父親に捨てられたことですっかり荒み、夏澄を相手に暴れた。
どうしようもないよな。と、飛雨はわらう。
夏澄は、荒れる飛雨をずっと見守っていた。
家を捨てきれずに、屋敷にもどったときも。また斬り捨てられたときも。飛雨を庇った母親が処刑されたときも。
飛雨が復讐を始めたときも。
一年くらいの間、遠くから様子を窺ってくれていた。
「本当に優しいね」
「ああ。それに夏澄は、兄上にオレのこと頼まれていたみたいなんだ」
「飛雨、お兄さんがいたの?」
風花は顔をあげる。
「ああ、オレの自慢の兄。家の世継ぎでさ、武術に長けて人望もあって、徳もあって完璧だったんだぜ」
飛雨はなつかしそうに、瞳を細めた。
彼のこんな柔らかい表情は、初めて見た。
「お兄さんに逢いたい?」
「全然。……でも、謝ってないからさ。オレがいい気になって、霊力なんか使わないでいたら、家が荒れることもなかったかなって。……それに」
「なに?」
「兄上と約束したんだ。一緒に家を盛り立てようって。だから、あんなに弓をがんばったのに、果たせなかった」
飛雨は瞳を伏せる。静かな夜のような瞳だった。
風花は必死で言葉を探した。
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