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水の空の物語 第6章 第29話

 風花は春ヶ原をゆっくりと眺める。

 一面の桃色しろつめ草に、それを囲んでいる色とりどりの花が咲く木々。

 真ん中にある泉と、優月が宿る蜜柑の木。

 優月が護った春ヶ原は、涙が出そうなくらい美しかった。

 駆けてきた草花が、夏澄と風花に細い腕を回して抱きついてきた。

「ねえ、夏澄ー。さっきの約束お願いー」

 いって、手を合わせる。

 夏澄はうなずき、幻術で大きな虹をつくった。春ヶ原の端から端に渡るような虹だ。

「すごいー、水の精霊さんって本当にすごいねーっ。行こう、優月っ」

 草花は優月の服を引いて、虹の上に登った。

「追いかけっこしようっ!」
 きゃーきゃーいいながら駆け出す。

「風花、俺たちも混ぜてもらおう」

 夏澄は風花をもう一度、お姫さま抱っこする。虹の一番上に降り立った。

 駆けてきた草花とぶつかりそうになる。草花はきゃあきゃあ叫んで引き返していく。

 それから風花は、本当に足が動かなくなるまで、追いかけっこを続けた。

 ゆっくりと日が暮れていく。

 春ヶ原の花々に青い闇が降り、深い色に染まっていく。美しすぎて、涙が浮かんだ。

 ……こんな夢の世界に出逢えてよかった。なにもかも、夏澄くんのおかげだ。

「どうしたの?」

「夏澄くんに出逢えてよかったなって」

 夏澄くんに逢えたから、こんな夢の世界に来れた。夢の世界のきらきらを知れた。

 悲しいことが多いこの世界で、希望のきらきらを見つけられた。

「これからもよろしくね、風花」

 きらきら、きらきら、夏澄の笑顔は水面のように輝く。

 優しい精霊には幸せになって欲しい。優月さんにも夏澄くんにも。

 いつか……。

 いつか、わたしがもっと大人になって、強い霊力も持てたら、夏澄くんの願いの手伝いをするんだ。

 そんな日が来るだろうか。

 夏澄が風花の正面に立って、青い瞳で微笑む。風花も夏澄に笑顔を返した。


    第一部 夢のはじまりと春ヶ原編  完





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