水の空の物語 第3章 第19話
過去に想いを馳せ過ぎたのか、かすかな目まいがした。
風花は頭を振る。
となりの夏澄は、ずっとなにもいわない。ただじっと、春ヶ原を見ていた。
あの飛雨でさえも、まぶしそうに瞳を細めている。
「気に入っていただけましたか?」
優月は足を踏み出す。
風花はうなずいた。
「ではこちらへ。と、いっても、もてなすようなものは、なにもない野原ですが。休息の場だけはあります。……ただ」
優月は一度言葉を止めた。気遣うような瞳をする。
「水路は平気ですが?」
いって、飛雨と風花を見た。
「水路?」
「しろつめ草で覆われているから、道がないんだ。俺たちは宙から移動できるけど、人が歩けるのは、その小川だけなんだ」
夏澄が風花のとなりに立つ。
彼の言葉で、水路というのは野原を巡っている小川のことだと分かった。
ここは、植物たちか生き生きと伸びるために、それを遮る道はない。
代わりに小川を通って移動するのだ。
「どうする? 飛雨、風花。無理なら俺が運ぶけど」
「オレは平気」
「わたしも。でも、入っていいんですか?」
訊く風花に、優月は意外そうな顔をした。やがて、嬉しそうにわらう。
「ええ、構いません」
風花は顔をあげた。広い野原を、小川は長く長く伸びている。こんな道をずっと歩ける。風花はわくわくした。
靴と靴下を脱ぎ、風花はそっと足先を小川に浸した。
すうっと足が冷えるのが心地よい。
足が水を切る感触、飛び散るしぶきと水音。風花は水に入るのが好きだ。
優月は瞳で、野原の真ん中にある蜜柑の木を示した。
飛雨は夏澄と優月に続き、水面を揺らさないような足運びで、川を上っていく。
少し花の香りがする小川だった。
川底には白い小石が多い。それを踏む感触も心地よかった。
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