水の空の物語 第6章 第7話
「ねえ、スーフィア、風花。草花はどうするかな? 俺じゃあ、細かいことは分からなくて」
風花は言葉につまる。
夏澄くんに分からないことが、わたしに分かるわけない。
「そうねえ……」
スーフィアはしばらく考え込む。
「草花は、泣いて悲しむでしょうね。引き止めるだろうし、優月が春ヶ原を出ないっていうまで、だだをこねるんじゃないかしら」
草花が泣く幻影は見せられないわよねと、スーフィアは優月に聞こえないように、声をひそめる。
「それよりも、なにか癒やされるような幻術はどうかしら。蓮峯山の植物とか」
「そうだよねっ」
夏澄は瞳をきらきらとさせる。
生き生きとした夏澄の笑顔は、水面に反射する光のように輝いていた。
なにがいいかなと、地面にすわり、考え込み始めた。
「森……、それよりも、花がいいかなっ。あの辺には、すすき野原もあったよねっ」
夏澄は声を弾ませ、風花を振りかえる。
「ねえ、風花。風花はなにがいいと思う?」
「優月さんだったら、花がいいかな」
「そうだよね。どの花がいいかなっ。俺、最高の幻影をつくるよっ」
夏澄はまたなにかを考え込む。
ずいぶん長い間そうしていた後、瞳を閉じた。
夏澄の澄んだ水色の霊力が辺りに広がる。そのうち、空の風景がさあっと変わった。
青い青い空が現れる。御泉公園の木々が見えなくなり、蜜柑の木の林が現れる。
蜜柑の木はたくさんの花を咲かせ、辺りを白く染めていた。
木々の根元には誰かがいる。地面に体を横たえ、すうすうと寝息を立てていた。
顔は見えないが、服装からすると優月だ、
「ねえ、優月……」
夏澄はためらいがちにささやく。
「こんな風に木々に囲まれて眠るっていうのはどう? 好きなだけ眠って暮らすんだ。眠りは開放だよ。そうしていれば、きっと気持ちも変わる……」
蜜柑の林に風が吹く。
花びらが舞い、幻影の優月の頬を撫でた。
やがて、登っていた幻影の太陽が沈み始めた。辺りを夕焼けが包み、すぐに夜闇に変わる。
少しして、また朝になった。
夏澄は幻影の時間の流れを早めている。
足元に青い草が伸びてくる。茜色空の下、虫が鳴く。
白い空から雨が落ちてくる。 春ヶ原にたくさんの花が咲いた。
夏澄が映す幻影は、皆、浄らかだ。
駒草や福寿草、山の野草が芽を出し、花をつけ、種を落としていく。
桃色しろつめ草もたくさん花をつけ、息を飲むくらいの桃色になる。
幻影は何度も時間を巡らせ、春ヶ原は一層美しくなった。
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