見出し画像

水の空の物語 第2章 第21話

 落ち着かない様子の夏澄は、林のほうに視線を彷徨わせる。やがてうつむき、ぽつりとつぶやいた。

「ねえ、風花」

 消え入りそうな声だった。

「前から聞きたいことがあったんだけど」
「なに?」

「風花の名前は、前から風花だった?」

 意味が分からず、風花は視線を返す。

「他の名前で呼ばれていたことはない? そんな記憶は残ってない?」

「他の名前って……」

 夏澄はなにかを探るように、じっと風花を見つめている。鼓動が更に速くなり、風花は言葉が出なくなる。

 夏澄くんは、なにか大事なことを聞いている。ちゃんと答えなきゃ。そう思うのに、頭が働かなかった。

 かなり時間がたった時、土を踏みしめる足音が聞こえてきた。

 飛雨くん?

 風花は心底ほっとした。

 足音のほうに身を乗り出す。乗り出して、風花はびくっと動きを止めた。

 歩いてきたのは飛雨ではなかった。

 一瞬、気配を消した、さっきの精霊かと思った。
 それも違った。

 夏澄が風花を背中に回す。

 見慣れた人影に、風花の体の力が抜けていった。

「つ、つ、……」

「つ?」

「月お兄ちゃん?!」

 霊泉のほうに歩いてくるのは、風花の兄の月夜つきよだった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?