水の空の物語 第6章 第8話
やがて、林に霧が流れ始める。
霧は幻影の優月の姿を覆う。
幻影の優月の姿は見えなくなった。
「こんな風に、姿を消すこともできるよ。……春ヶ原には、立貴が籠もっていた禁足地があったんだよね? もう一度、そんな場所を造るのはどう? 今度はそこで優月が休むんだ。俺、なんでも協力するよ」
霧は風花たちや優月のほうにも流れてくる。
卯の花色に近い、暖かい色をしていた。霧は風花たちを包み込む。
やわらかい布のような感触がした。
思わず、風花も頬を寄せて目を閉じた。
「暖かいね、夏澄くん。こうやって眠るのは、きっと開放だね……」
夏澄は風花を振りかえる。なにもいわず、瞳だけを細めた。
「……どう? 優月」
夏澄はしばらくうつむいた後、そっと声を出した。
夏澄は恐る恐るというように、首を優月のほうに向ける。なにかを強く願うような瞳をした。
優月に視線を向けた夏澄は、ふしぎそうに首を傾ける。
無垢な瞳で、ゆっくりと辺りを見まわした。
優月の姿は、いつの間にか、結界内から消えていた。
「夏澄っ!」
飛雨が叫ぶ。険しい顔で、結界の外に駆け出した。
風花は視線を巡らせる。
優月は遠く川下のほうにいた。足を引きずりながら、川沿いを歩いていた。
木々で体を支えながら、足を進めていく。
「騙してすみません、夏澄さん」
優月は振りかえり、かすかに唇を動かした。
「でも、私はもういいんです。きっとこれからも、無意識に春ヶ原を襲ってしまうでしょう。このまま、眠らせてください」
「なんで、優月……っ」
夏澄は、大きくて青い瞳をみはって立ちつくす。
透きとおった青い瞳に涙が浮かんだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?