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殺心犯の墓

10年前の話をしようと思います。
10年前というか、この10年間の話です。

誰も興味ない、私の恋愛話です。
箸にも棒にも掛からないつまらない話ですが、忘れられない相手を好きになってから、もう10年が経ちます。

私のというか、私の心、所謂『恋心』をここに埋めていこうと思います。

前半:桃色中学生

みんな大好き福沢諭吉

10年前、当時私は13歳。中学1年生も終わりに近づいている頃でした。
田舎の中学校ですから、2つの小学校から子供が集まり、クラスは2つ、私は1年1組に所属していました。

その当時、とあるコンテンツ…わかりやすように『ドラゴンボール』としましょうか、がじわじわとネットで人気を帯び始め、ヲタクであった私は、ドラゴンボールにハマり始めていました。
しかし、ドラゴンボールは当時とんでもなくマイナーなジャンルだったため、知っている人はほとんどいませんでした。
ヲタクは共通の趣味を語りたい生き物なので、私はもっと他にドラゴンボールを知っている人はいないのか、とある日教室で友達と話していました。
すると、同じクラスの男の子が、あ、と声を上げました。
「○○がドラゴンボール好きだよ。」
○○、ややこしいので、ここではわかりやすいように、皆大好き、日本人なら誰もが知っている名前で代用しようと思います。
「福沢諭吉くん?」
私が聞き返すと、彼は言いました。
「そ、諭吉。俺らと同じ小学校のさ、隣のクラスの背がすげえ高いやつ。あいつ変わってるから。」
「ふぅ~ん。」
福沢諭吉くん、1年間も学校に通っていながら、私は福沢諭吉のことを全く知りませんでした。
こんなマイナーな作品を知っているなら、ぜひ仲良くなりたいなあとその時私はぼんやり思いました。

ある日、相も変わらず同じ部活の友達と廊下でドラゴンボールの話題で盛り上がっていると、私の横を一人の背の高い男の子が通り過ぎました。

中学生からすると、背が高いというだけで異性はかっこよく見えるわけで、私はその男の子の存在に驚きました。
そして、隣のクラスに入っていった男の子を見ながら
(あんな人いたんだ。隣のクラスだったから知らなかったな。)
と思いました。
名前も知らない、背の高い、隣のクラスの男の子。
私は彼に深い興味が湧きました。

すると、彼と同じ小学校だった、今しがたドラゴンボールの話題で盛り上がっていた友達が、思い出したように彼の名前を呟きました。
「あ、福沢諭吉くん。あの子だよ、この間話してた背の高い子。私はあんまり関わったことないけど。」

なんと、彼が福沢諭吉くんだったか!

私は、自分の心の中にむくむくと好奇心が湧くのを感じました。
福沢諭吉くん、背の高い、隣のクラスの男の子。
私は、彼と仲良くなることを決意しました。そして、ぜひともドラゴンボールを語りたいと、熱い気持ちが芽生えました。

とはいったものの、諭吉くんと私は何の接点もありません。
諭吉くんと同じ小学校の子がたくさんいますが、中学生の脳内なんて、恋愛とエロイことと給食と恋愛と反骨精神と恋愛しかありません。
違うクラスの男の子と仲良くなるために少しでも話題を振ったら、スクールカーストはみ出し者の私は、一瞬でからかいの対象になります。
つまり、人の手は借りられません。

ならば・・・!

「諭吉くんて、ドラゴンボール好きってホント?」
ある朝、私は登校してきた諭吉くんに、突然話しかけました。
あまりにも不審者です。
これが学校外だったら、変な宗教の勧誘だと思われてもおかしくありません。通報待ったなしです。
案の定諭吉くんは驚きで固まりました。
そりゃ、いきなり名前も知らない隣のクラスの異性に名前で呼ばれて話しかけられたら、咄嗟に反応できるのなんて私くらいです(どや顔)
「ア、アあ、うん…」
戸惑いがちに諭吉くんが頷いてくれました。
「お~そっか、私もなんだけど、好きなキャラとかいる?」
この数日、ずっと諭吉くんが一人で行動しており、かつ周りに人がいない状況をずっと狙っていたのです。絶対にこの機会を逃してはならないと、私は更に詰め寄りました。
「ピ、ピッコロ・・・」
更に戸惑いがちに、それでも諭吉くんは好きなキャラを答えてくれました。
「へ~!私はちなみにヤムチャ!」

それだけ言って、私はその場から立ち去りました。

電波ちゃんがすぎるだろ、さっさと捕まれ。
今思い返しても、諭吉くんの立場になってみれば、朝登校して来たら突然知らないやつに話しかけられ、尋問され、知らないやつの好きなキャラだけ宣言される朝は、世にも奇妙な物語にもほどがあります。私ならまだ寝ぼけてるかなと疑うレベルです。

ちなみに当時の私を擁護するなら、私達の周りに人が来始めたので、急いで会話を切り上げる必要があったことと、とりあえず諭吉くんがドラゴンボールが好きという噂の真相を確かめられたことに満足したからでした。
なんの擁護にもならねえな。

大親友の樋口一葉

さて、そんな諭吉くんとの初対面でしたが、その後、彼と関わることはしばらくありませんでした。
私たちの関係が変わったのは、春が来て、クラス替えがあった時でした。
なんと、私は諭吉くんと同じクラスになったのです。

中学2年生は、本当に本当に楽しかったことを覚えています。
保育園から知っている友達や幼馴染、ドラゴンボール好きの友達、ヲタクの仲間、そして諭吉くん。
同じクラスになれば、私が諭吉くんと仲良くなるにはそう時間はかかりませんでした。諭吉くんも、ドラゴンボールが好きな同級生というのは珍しかったらしく、私達は共通の趣味を持つ友として、仲良くなっていきました。

「それさ、好きなんじゃない?」
同じ部活の、私に諭吉くんを教えてくれた友達に、諭吉くんと仲良くなれ始めたことを報告すると、彼女は言いました。
中学生の脳内は、恋愛とエロイことと給食と以下略ですが、彼女はその中でも一際恋愛脳な友達でした。
「好き、なのかもしれない。」
私は、恥ずかしさで尻すぼみになりながら、彼女に自信の心情を吐露しました。
最初は、同じマイナーな趣味を持っているからというのがきっかけでしたが、私の興味はだんだんと、本気で恋愛へと変わっていったのでした。
多分、初めて諭吉くんを認識した時から、いいなあ、かっこいいなあとは思っていたのです。
私の答えを聞いた彼女は、恋愛話を聞けて満足そうに笑いながら、私に言いました。

「豆太が諭吉くんと仲良くなれように、私も諭吉くんと仲良くなるね!」

さて、この彼女ですが、わかりやすいように樋口一葉と呼びましょう。
一葉は、通称”いっちゃん”と呼ばれ、男女ともに人気のあるかわいい子でした。
先程いったように、とても恋愛脳な持ち主で、出会ってから今まで、既に彼女が好きになった人を3人は知っています。同じ部活の先輩にそそのかされて、先輩と付き合ったりもしていました。
私はそんないっちゃんのことを、よぅやるなあと感心していましたし、マイナーな趣味を分かち合える意味でも、親友といっても遜色ないほど仲が良かったです。

いっちゃんも、私と諭吉くんと同じクラスで、諭吉くんと同じ小学校だったいっちゃんは、諭吉くんの家も知っていました。
休日の部活の帰り際など、諭吉くんの家に突撃したりもしました。

そんないっちゃんのおかげで、私は更に諭吉くんと仲良くなりましたが、私が諭吉くんを好きだというのは、驚くほど周りにバレバレでした。
おかげで、何度クラスの男子にからかわれたことか。
例えば、登下校をしていると、遠くから男子たちに「諭吉~諭吉~」と叫ばれるのです。「うるせえ!」と反撃しても、1ミリも効果はありません。
表面上は否定し続けましたが、私はいっちゃんにだけは諭吉くんが好きなことを伝えていたので、いっちゃんだけは頑張ってフォローしてくれました。

そんな日々が続き、6月頃のある日、私は諭吉くんから「豆太!」と名前を呼び捨てされました。
とてもとても嬉しかったです。それだけ彼と仲が縮まったのだという証拠です。その日から、私は諭吉くんのことを、「諭吉」と呼ぶようになりました。
私は、もし周りから「○○さんて豆太のこと好きらしいよ」と噂されたら、少なくともその○○とは気まずくなりますし、距離も取りますし、変な態度を取る自身がありました。なので、いくら周りにバレバレでも、諭吉の耳には私が諭吉のことが好きなことは届いていないんだなと安心しました。

1学期も終わりに近づいた頃、いっちゃんが少し気まずそうに私に相談してきました。
「あのね、諭吉くんと仲良くなろうとしてたら、私も諭吉くんのこと好きになっちゃったの。告白してもいい?」
私は驚きました。でも、それをちゃんと私にいってくれるところが、いっちゃんの良いところだなと安堵しました。
私は、どんなに諭吉のことが好きでも、いっちゃんみたいに告白する勇気はありません。今の関係が、かなり私にとって夢のように満足していたからです。行動を起こせないような私が、いっちゃんの行動を止める権利なんてありません。
「もちろんだよ。」
私は、自分の臆病さと、上手くいかないで欲しいと願う気持ちと、諭吉とこれからも仲良くできるかの不安とで心がぎりぎりと圧迫されながらも、なんとか笑顔を貼り付けて答えました。

それから数日後、休日が開けた月曜日、いっちゃんが、嬉しそうな、でも少し複雑そうな表情をしながら私の元へやってきました。
「諭吉と付き合うことになった。私のこと好きだったんだって。
あ、でも、これからも豆太のことは誘うから、3人で遊ぼうね。」
例え二人が付き合っても、諭吉もいっちゃんも私にとって大切な友達です。私の気持ちをわかって誘ってくれるなんて、いっちゃんは優しいなあ。
とても喜ばしい事です。なのに、なぜだが少し表情筋が固まったまま、私は「ありがとう。」と笑いました。

過去の栄光野口英世

二人が付き合ったことは、瞬く間に学校中に広まりました。
からかう男子たち、冷やかす女子たち、呆れる教師、二人は卒業するまで学校一有名なバカップルへと成長していくのです。

いっちゃんは、宣言通りいつも私を誘ってくれました。中学生は大体グループで活動しますから、私やいっちゃん、諭吉を含めた6人でよく行動を共にしていました。いっちゃんと諭吉、グループ内のAとBもカップルで、Cは別のグループのDちゃんから好意を寄せられており、いっちゃんがCとDをくっつけようと奮起していました。
まあなんというか、この頃の中学校はあまりに狂っていて、驚くほど周りの男女が付き合っては別れを繰り返していて、一種の乱恋パーティ状態でした。相関図作ったらドラマ作れるくらい。
そんなカテゴリーに私は組み込まれておらず、のほほんと諭吉&一葉カップルについて回る金魚の糞のように生きていました。

夏休みに入って、地元で有名な夏まつりに皆で行くことになりました。
いっちゃんはCとDを絶対にくっつけると意気込んていました。

ちなみに余談ですが、この時いっちゃんは部活の練習会で出会った別の学校の生徒Eくんから恋心を抱かれており、夏祭りにいっちゃんがいると聞きつけたEくんが私たちの前に現れて、諭吉がすごい剣幕で追い返し、目の前で諭吉一葉のいちゃつきを見せつけられたEくんはフラれてどこかへ去っていきました。いっちゃんの魔性の女感えぐい。

そんなハプニング?もありながら、祭りを回っていると、地元の祭りですから、クラスメイトに会いまくります。
私は、乱暴者でカースト上位の男子グループに出くわしました。折角だからとそのグループも一緒に団子状で祭りを回ったり、鬼ごっこをしているうちに、そのうちの一人、わりやすいように野口英世と呼びましょうが、「財布を無くした!!」と叫びました。
私は、馬鹿だなあと思いながら英世を見ていると、その英世がこちらを見ました。
「探すの手伝って。」
「え、やだ。」
なんと私に使命がくだりました。なんで私が祭りに来てまでこいつの財布探しを手伝わにゃならんのだと私は即座に断りましたが、英世は諦めません。
「手伝え。まじで困る。」
暴君です。ガキ大将です。さすがカースト上位です。
しかし、本気で焦ったような顔をした英世をほっておけず、私は財布探しを手伝うことにしました。
当時は携帯なんて持っていませんから、ここで集団から離れたら、この人混みの中次いつ会えるかわかりません。私は祭りを楽しむことを諦め、仕方なしに英世と二人、グループから離れて財布を探しに出かけました。

なんで私が選ばれたのか、そもそも闇雲に二人で探す意味があるのか、クラスの奴に見られたら、デートだと勘違いされるのではないか、私の頭の中は悶々としていました。
でも、この人混みの中財布を無くしたのは本当に可哀そうだったので、私は真剣に財布を探して歩き回りました。時計もつけていなかったので、一体どれほど二人で歩いていたかもわかりません。
途中で雨も降り始めました。中学生なので傘なんてささず歩き続けます。

すると、突如、さっきまで「親に怒られる」だの「ほんとにやべえ」しかいってなかったはずの英世が意味のわからないことを言いました。
「今フリー?」
「え、なに、ふり?」
私は聞き返しました。ふり、ふーり、ふりー、フリー、free、ああ、付き合っている人がいるかってことか、と私は察しがいいのですぐに気が付きました。
「フリーだけど。」
「じゃあ付き合って。」
私は声が出ませんした。人生初の告白です。夏祭り、雨の中、財布を探してやっている相手に交際の申し込みをされました。
英世はこちらを見ずに無言です。
私は、ウエッとかあっとか言葉にならない声を上げて、顔を真っ赤にしながら返事を絞り出しました。
「考えさせて・・・」

野口英世は、小学校の頃からの友達です。
そんな英世のことを一時期私は好きだった時期がありました。
帰りのスクールバスが来るまでの間、よく一緒に遊んでいましたが、私の帽子を奪っては嬉しそうに被って走り回ったり、何かにつけて私に突っかかってきたり、喧嘩相手でもありました。
あくまで好きだったのは過去の話で、今は諭吉のことが好きです。
夏休みが終わるまでの2週間、私は悩みに悩みました。

いっちゃんと諭吉にも相談しました。二人は「ダブルデートできるじゃん!」と私を後押ししました。
夏休みが明けて新学期、私は英世と付き合うことにしました。

中学校は相変わらず狂っているので、犬猿の仲だった私と英世が付き合っているという事実は、中学だけでなく、妹弟を通じて、私達の通っていた小学校まで伝わっていました。
もうそこら中カップルだらけで、まさか自分がその渦中に巻き込まれるなんて思ってもいませんでした。救いだったのは、私と英世が別クラスだったため、あまり関わることがなかったことでした。

諭吉&一葉、英世&私、A&B、この6人で遊びに行くこともありました。CとDの関係に進展があったかは覚えてません。
付き合い始めて2か月半くらいが経った頃、手すら繋がない私と英世に痺れを切らしたいっちゃんが、帰り際私と英世を捕まえました。
「二人とも手とか繋いだ?」
「してない。」
いっちゃんの質問に、私も英世も無表情で答えました。正直、私は日々周りからからかわれ続けること、諭吉といっちゃんがますます学校内でいちゃつく姿を見せられて、辟易としていました。
私がバカップルみたいなことをするのがすごく苦手なため、それとなく避けていた話題を真正面からぶつけられ、私はたじろぎました。
そんな私から距離をとった状態で、英世がとんでもないことを言いました。
「お前らがキスするところ見せてくれたら手繋ぐわ。」
何をいってるんだこいつ。暴君、ガキ大将、カースト上位め。
英世のとんでも発言のあと、即座に諭吉と一葉は私たちの目の前でキスをしました。
普段してるんだろうなと思うような、迷いのない流れでした。二人の身長差は30cmほどあるのに、スムーズに二人の唇は吸い寄せられました。
何が悲しくて、私は好きな人のキスシーンまで見なきゃいけないんだよと、心がバキリと凍り付くのを感じました。
この時点で、多分いっちゃんは、私がもう諭吉を好きじゃないと思っているんだろうなと気が付きました。
英世と付き合っているから、私はもう英世が好きなんだと思っているのでしょう。そんなことないんだよ、私は半年経っても変わらず諭吉が好きなんだよ。
そんなことを言えるはずもありませんから、私はただ黙ってその後の動向を見つめ、英世に寄って握られた手に引かれながら、帰路に就きました。

帰り道が同じなので、その後も登下校の際は手を繋ぎたがる英世の要望に応えて、何とか手を繋ぎながら歩きましたが、正直私のキャパは限界でした。
それは、私がただでさえカップルらしい行動をとることが苦手というのもありますが、一向に英世のことを恋愛的に好きになれないことにありました。
英世の手は冷え性なのか、冷たく、私の手汗なのか、いつも私たちの手は汗ばんでいました。相手から、こんなに好意を向けられているのに、それに応えることができない。このまま英世のことを好きになれたらどんなに楽だろうと、私の心はいつも引き裂かれそうでした。

付き合い始めて3か月ほど経ったとき、いつもの帰り道で、英世が私をいつもと違うルートに導きました。高架下で、あまり人が来ない暗いトンネルです。
私は即座に察しました。
その瞬間、私は繋いでいた手を離して、明るい場所へ向かい距離を取りました。英世は不満そうに、トンネルの壁に寄りかかると「来て。」とだけ言います。
私は察しがいい方です。目的などもうわかっています。
「お腹空いたから早く帰ろう。」
「来て。」
「マジで早く帰りたいんだ。腹減ったから。」
「だからこっち来いって。」
「だから腹減ったんだって!!」
距離を取った私と英世の言葉だけの押し問答が続きました。私はとにかく腹減ったから帰りたいと言い続けました。
テコでも動かない私を見かねてか、折れたのは英世の方でした。トンネルから出てくると、私達は手を繋ぐことなく、お互いの家へ帰りました。

英世と別れた帰り道、私は泣きながら歩きました。
カップルみたいなことをするのが本当に苦手です。手を繋ぐことすら一苦労です。
加えて、好きでもない人と”キス”をするなど、私は絶対にできません。
どう頑張っても、私は英世のことを好きになれません。やっぱり諭吉のことが好きなのです。これ以上、この気持ちのまま英世と付き合うのは無理だと思いました。

翌日、いっちゃんが早速私のところへきました。
「ねえ、昨日英世がキスしようとしたの拒んだんだって。英世落ち込んでたよ。」
英世は、あの夏休みの前から、いっちゃんに私のことを相談していたようでした。そんな英世の好意が重くて、辛くて、私は「別れたい…」といっちゃんに言いました。
いっちゃんは、苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、「英世に伝えとく。」と私の元を去りました。
その日の休み時間、廊下に出た私へ、英世が無言でメモ帳を差し出しました。
そこにはただ一言、”別れよう”と書いてありました。
私は、自分から直接英世に別れを切り出せなかったこと、英世の気持ちに答えられなかったこと、英世を傷つけてしまったことが自分の首をぎりぎりと締め上げて、ただ無言で頷くことしかできませんでした。
なんとか絞り出た声で、ただ小さく「ごめん…」とだけ告げました。
こうして、私の初交際は、3か月で終幕しました。

キューピット爆誕す

英世と別れた私は晴れやかでした。
いや、まあ諭吉が好きなのは変わらずですし、むしろ3人で一緒にいることが多くなったので、何も解決してはいないんですけども。

英世と別れた冬の初め、そこから新学期になっても二人の仲は変わらずでしたが、諭吉の束縛がどんどん強くなっていきました。
諭吉は、一葉が自分以外の男と一緒にいるのも嫌がりました。自分がいないところで、男と喋るのも禁止するほどです。
中学3年の春、陸上競技会がありました。諭吉はそれに出場するため、もちろん一葉は行きたがりましたが、自分の目が届かないということで、諭吉は一葉に見に来るなと言っていました。

一葉は、そんな約束を守らないため、私を誘って陸上競技会を見に来ました。大会が終わって、全員が解散した後、他のクラスメイトと話す一葉を見つけて、諭吉が爆発しました。
私は後にも先にもあんなに怒っている諭吉を見た記憶がありません。諭吉は一葉に別れを切り出しました。一葉は泣きながら、「嫌だ、別れたくない、ごめんない。」と謝り続けました。その言葉を無視し、諭吉は家へ帰っていきました。
私にとっては、それは千載一遇のチャンスともいえる瞬間でした。でも、私にとっては諭吉も一葉も大切な友達です。二人が一緒に幸せそうな姿を見ることが私にとって幸せなのです。
私は泣き続ける一葉を連れて、諭吉の家に乗り込みました。そして、二人に頭を冷やせと怒り、ガチギレしてる諭吉に内心本当にビビりながら、どれだけ一葉が諭吉を好きか、彼女なんだから大会の応援に行きたいに決まってるでしょ、諭吉だって一葉好きでしょ、私は二人が付き合ってて欲しいんだよと何度も力説しました
だんだんと落ち着いた二人は、正気を取り戻していきました。二人の距離は縮まり、手を取り合ったところで「豆太、ちょっと廊下出てて。」と言いました。
私は「仲直りしろよ!!」と捨て台詞を吐いて、廊下に出ました。
多分今頃二人は部屋の中でラブラブチュッチュしてるんだろうなと思いながら、ぼーっと突っ立ってると、諭吉のお母さんに見つかり「豆太ちゃん何してるの?」と聞かれたので、ほんとに私は何してるんだろうなと思いながら、笑って誤魔化しました。

二人は仲直りをしたようで、部屋の中に呼ばれました。
二人は私に頭を下げて、「本当に豆太がいてよかった。」と言いました。私は最早、絶対的に諭吉のことを好きじゃなくなるように、二人のことを応援しようと決めました。
「いつか私と諭吉が結婚するときは、絶対に来てね。」
この言葉は、その後卒業するまで一葉が私に言い続けるのですが、私は枕詞みたいに、必ずこの言葉を返しました。
「任せとけ、友人代表スピーチしてやるわ。」

魔性の女

中学3年の7月で、二人は交際して1年が経ちました。
二人はついにセックスまでしたようです。
あんまり気持ちよくなかったと辛そうに話す一葉の話を聞きながら、こいつらほんとに中学生かよと思い、ついに好きなやつの性事情まで知っちゃったか~と天を仰ぎました。

私の心は、この1年でかなり鍛えられたようで、学校一のバカップルになった2人の姿を見ても何も思わなくなりました。そうして大きなことが起きることなく卒業をして、私は女子高、諭吉は男子高、一葉は共学へ進学しました。ちなみに、英世も一葉と同じ共学です。

私と一葉は部活の後輩の大会を見に行ったり、諭吉は同じ音楽系の部活ということで、イベントであったり、ある程度進行は続いていました。
そんな同年10月、突然驚きのLINEが一葉から来ました。

”豆ちゃん”
”諭吉くんと付き合う気ありませんか?”

一体なんなんだ、中学を卒業してもなお、私はこいつらのキューピッドをやらなきゃいけんのかと頭を抱え、事情を聴きました。
高校に上がり、諭吉になかなか会えなくなった一葉は、寂しさを紛らわすため同じ学校の別の人を好きになりました。その人と付き合いたいが、諭吉もいるため、両方と付き合うことに。しかし、そうすると諭吉の息抜きがないため、代わりの人が必要ということで、かつて諭吉が好きだった私に白羽の矢が立ったということでした。

ちょっと待て、倫理観バグってんのか。なんでそうなった。所謂セフレのお誘いみたいなもんじゃねえか。お前友達によくそんなこと言えたな。

当たり前だがにべもなくお断りです。最早諭吉&一葉は独自の世界に生きているから何も思わないが、そのもう一人の男の子はそれを良しとしてるのだろうか、だとしたらそいつもかなりやべえ奴です。

私は、当人間で解決してくれと、その話題から降りました。すると、一葉と同じ高校に進んだ私の幼馴染から連絡が来ました。

”俺の親友が一葉に付きまとわれている”
”ちなみに豆太と名前一緒”

どうやら、一葉が新たに好きになった人は、豆太くんというらしく、豆太くんは豆太くんで、幼馴染にいろいろと相談しているようでした。
幼馴染は可哀そうだが、私はもう一葉とも友達やめようと思い、匙を投げました。
その後3人がどうなったか、幼馴染からの報告によると、一葉と諭吉は別れ、豆太くんと一葉が新たに付き合い始めたそうです。
余談ですが、英世が一葉に心を弄ばれているようで、欲しがるものを買ったり、都合がいい男として利用されているようです。
あまり詳しくここには書きませんでしたが、英世も存外クズな行動をしていたので、同じ穴のムジナだなと合掌をして、幼馴染には”お前もいろいろ気をつけろ”と忠告を送りました。

後半:黒色大学生

大人になって

諭吉と時々音楽系のイベントで会うことは変わらないまま、私は高校を卒業し、東京の大学生になりました。
諭吉は千葉の医学大学に進んだようで、一葉はどこかの専門学校に行ったと風の噂で聞きました。
それから全くお互い連絡を取ることなく時が過ぎ、私も諭吉が好きだった気持ちは想い出へと昇華され始めていました。

転機が訪れたのは、成人式でした。
2020年1月、コロナもぎりぎりの時期です。久しぶりに地元で、中学のクラスメイト達と顔を合わせました。
もちろん、諭吉も一葉もいます。英世がいたかは、ごめんなさい、覚えてないけど多分いたと思います。
二人はあまり会話をしませんでしたが、私はお互いと話をしました。
一葉は相も変わらずのようで、高校を卒業して豆太くんと別れ、今は別の恋人がいるようでした。それが何人目かは、わかりませんけど。
諭吉は音楽を続けているようで、あの頃と同じく私達は悪ノリしまくりで会話をしました。私はその時、丁度3月に自分が制作をしている舞台が控えており、その話を諭吉にすると、「え、興味あるんだけど、見にくわ。」と言ってくれました。その言葉は嘘ではなく、諭吉は本当に舞台を見に来てくれたのです。
私が出演をしていたわけではないですが、私がずっと演劇をやっていたことを知っている諭吉が来てくれたことは、言い知れぬ嬉しさがありました。

その後すぐ、パンデミックで世界が閉じました。
そのおかげで、オンライン飲み会というものが流行り始めて、私はかつて仲の良かった6人グループの中の、諭吉と、AとBカップル(もう別れていましたが)の4人で、オンライン飲み会をしました。
私を除いた3人は、割と親交があったらしく、3人で遊んでいたなどのいろんな話を聞いて、自分はこのメンバーとそんなに仲良くなったのかもしれないと寂しくなりました。
しかし、それを機に、なんとなく諭吉と連絡を取るようになりました。

葬って

2020年12月、私は諭吉と東京で遊びました。
二人きりです。これだけ長く友人をやっているのに、二人きりというのは初めてでした。
この時点で、私は諭吉が恋愛的に好きなわけではありませんでした。
さすがに、あの頃のまま生きているわけではありません。ですが、かつてあれほど想っていた相手が、特別じゃないわけではありません。
好きだった人、の前に、私と諭吉は本当に仲の良い友人だったのです。
あの頃好きだった気持ち、変わらずに話せる関係、私は高揚感に包まれながら、諭吉と遊びました。
そのまま、私達は次の約束を取り付けました。

2021年1月、私達は、今度は遊園地にやってきました。
私がずっと来たかった遊園地で、あまり周りに絶叫好きがいなかったため、なんだかんだ来ることができていなかったのです。

私と諭吉は、無邪気にはしゃぎまくりました。
ふざけながら、笑い合いながら、中学生に戻ったみたいに遊びまわりました。その遊園地は、夜にはイルミネーションがとても有名で、夕方からイルミネーションを見るためだけだけに入園できる、めちゃくちゃカップル向けのチケットもあったほどです。
暗くなって、イルミネーションが本格的に点灯し始めた頃、私と諭吉は、ゆっくりとイルミネーションを見ることにしました。

私は、なんとなしに諭吉の右腕に掴まりました。
手を繋ぐとかは昔から苦手です。でもなぜか、昔からお父さんの腕によく掴まっていたからか、腕を組むのだけは平気なのです。
諭吉は拒否をしませんでした。
「嫌がらないんだ。」
と私が内心びくびくしながら聞くと、諭吉は
「まあ、周りカップルだらけだし、別に。」
となんでもないように答えました。諭吉はしばらく会わない間に、大人として成熟していたようでした。

私たちは腕を組みながら園内を回り、懐かしい話をたくさんしました。
中学の頃の諭吉と一葉のことも、諭吉は笑って話せるくらいになっていたようです。ひどい話ですが、私が一時期英世と付き合っていたことを、諭吉は覚えていませんでした。お前らが後押ししたんだろうが!

そうして閉園時間が近づいてきます。

私は、今日どうしても諭吉に言おうと思っていたことがありました。
かつて、私が諭吉を好きだったこと、それを伝えようとしていました。
今から付き合いたいだとか、そんな気持ちはありません。ただ、自分の気持ちに終止符を打ってあげたかったのです。
好きになってから、今まで一度も気持ちを伝えることなく、ただ私の恋心は風化していくばかりでした。それでは、あまりにあの頃の私が可哀そうじゃないか。何年越しではありますが、私は止まったままの私の時を動かしてあげるため、私を救ってあげるため、何度も口を開いては、閉じました。

時は過ぎるばかりです。
そうして、園は完全に閉園し、帰りのゴンドラを待って並んでいる時でした。幾人ものグループが同じゴンドラに乗せられるため、今言わなければもうチャンスはありません。
本当に、ゴンドラに乗る直前も直前、私はようやく口に出せました。
「ほら、私って中学の頃諭吉のこと好きだったし。」
「うん、知ってた。」

知ってたんだ。諭吉は、私が諭吉のことを好きだって知ってたんだ。
私は、じんわりと涙が目に膜を張るのを感じました。
知ってて、今までずっと、私を突き放すことなく友達として一緒にいてくれたんだ。
嬉しかったです。変わらずに友達でいてくれたことが。それでも彼の本当の友達でいられたことが。
振り返ってみれば、あんだけ噂されてて、本人の耳に届かないはずないんですから。知らないふりを続けてくれていた諭吉に、私は心から感謝しました。
それと同時に、心にずっとあった、もやもやした、べたべたした、ぐるぐるした、引っかかってずっと取れなかったものが取れたような気がして、心がすっと軽くなりました。
中学の頃の私、私はやっとあんたの願いを叶えてやれたよ。
やっと、自分の気持ちを諭吉に伝えられたよ。
あの頃の私が報われた気がしました。私ようやく、自分の心を殺し続けていた長い長い呪縛から解放されたような心地がしました。

叶わなかった恋心ではありますが、重かったそれを、私はちゃんと葬ってあげられました。

後日談

「私諭吉が好きでした。」
って本当は言うつもりでした。数年越しの告白ですから、ちゃんと伝えるべきだったのです。照れてしまってちゃんとは言えませんでしたが、私の心は軽いので、もうそれは仕方なかったことでしょう。

私と諭吉は、未だに友人です。
2022年には、私が急遽ドラムを覚える必要があったため、諭吉に2回ほどレッスンをしてもらったこともありました。諭吉のドラムはすごいです。

あんだけクソでか感情を持っていたのだから、そりゃ他の人と比べれば諭吉は今でも特別です。でも、もう惑わされることも、悩むこともありません。
私は本当の意味で諭吉と友達になれました。

私は未だに、手を繋ぐことすら苦手です。
好きだといわれることも、女性として大切に扱われることも、守ってくれようとする人も苦手です。私はただ相手と対等にいたいだけです。
男性の夢はみないのに、女性と性的な触れ合いをする夢を見ることがあります。正直、最近は自分のことすらわかりません。

多分この先もずっと、恋愛は苦手だと思います。
また10年後、恋心を葬っていたら、その時はまた一人、大切な友人ができているかもしれません。













































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