2020 年ビール大手各社事業方針 勝手分析
Facebook に書いていたのですが随分な長さになり、こちらのほうがフィットするかと思い転載します。
-----
今年も大手四社の事業方針が出揃いましたね。もう二週間くらい経っちゃいましたが、一応毎年書いているので自分の中での年中行事として今年もまとめてみます。
アサヒビール
https://www.asahibeer.co.jp/news/2020/0108_1.html
キリンビール
https://www.kirin.co.jp/company/news/2020/0108_01.html
サッポロビール
https://www.sapporobeer.jp/news_release/0000011762/
サントリービール
https://www.suntory.co.jp/news/article/13622.html
【全体と各社の数字】
まずは数字。2019年の大手四社全体は2018年と比べて 98.5% 程度のようです。アサヒが「1~2%程度縮小」、サントリーが「対前年98%程度と推定」と書いていて、実際に四社の数字を足して比較すると 98.5% 程度になりました。
その中で、サントリーが対前年 101%、キリンが対前年 100.3% と数字を伸ばしました。反対にサッポロが 97.40%、アサヒが 96.5% と下げています。各社の商品カテゴリごとの数字を見ていくと、サントリーは新ジャンルの安定感がすごくて、毎年上下しつつもだいたい同じくらいのレベルをキープしています。ビールは継続して微減なのですが、その分を補うくらい新ジャンルの売上が上がった年は全体がプラスになります。今回もそのパターンです。キリンもビールは減っているんですが、昨年も新ジャンルが 9% も伸びて全体としてわずかにプラスとなりました。続くサッポロはキリンとは逆に、ビールは微増だけど新ジャンルの落ち込みが響いて全体では2.6%近くの減となりました。ビールを対前年で維持できているのはサッポロだけです。そしてアサヒはキリンと同じパターンでビール減、新ジャンル増だけれど、カテゴリ別の構成比率でビールの割合が大きいので、残念ながら全体では四社の中で一番下げる結果となりました。
こういった数字の状況に対する、各社の2020年の取り組みを見ていきます。
【アサヒ】
まずアサヒは完全にスーパードライ推しですね。スーパードライはここ何年か継続して売上が減少していて全体の売上減にも大きく響いているので、そこを重点的にテコ入れする感じでしょうか。挙げられている3つの施策のうち3つすべてがスーパードライ関連です。スーパードライに注力する分、事業方針にほかの施策を載せる余地が減ってしまったのか、今年はウルケルなどの海外ビールについての言及がありませんでした。寂しい。ひとつ気になったのは、冒頭の長期経営方針に「モノ消費」から「コト消費」、「それぞれのペースやスタイルで個性豊かに」といったキーワードが出てくる状況に対して、ここまでスーパードライ一本に寄せてしまって大丈夫なのかしら。個人的には、正直ちょっとちぐはぐな印象がありました。
【キリン】
キリンは、ここ数年継続している通り「主力ブランドへの集中投資」として商品カテゴリそれぞれで主力ブランドに力を入れていく取り組みを今年も行うようです。注力するブランドは、ビールでは一番搾り、ここ二年連続伸びている新ジャンルでは本麒麟です。本麒麟は対前年販売 +26% を目指すそうです。昨年はブランド単体だとなんと60%近くも伸びたとのことだから、それに比べると小さいけれどそれでもすごい数字。ところで、キリンの新ジャンル全体としての目標は対前年 +1% となっているんだけど、あれ?今ってキリンの新ジャンルに占める本麒麟の構成比率がだいたい25%かそれを超えているはずなので、本麒麟が26%伸びたら新ジャンル全体は6-7%くらい上がるはずなんだけどな。ほかが下がる見込みなのかしら。キリンは一昨年2018年分からカテゴリ別の商品構成比率で新ジャンルがビールを上回っているんだけど、昨年はその差が拡大して、今年の目標ではその差がさらに大きくなるという想定のようです。ただし、数量の比較なので、売上に関してはこの限りではないけれど。
【サッポロ】
サッポロは、ここまでの二社のようにメインのブランドに注力するのとは逆に、ビールカテゴリから特定のブランドを選定することをせずに「多様なブランドを擁しているのは、大きな強み」として強化していくようです。集中系と分散系、果たして中長期的にどちらのほうが伸びるでしょうね。一方でここ数年継続して落ちている新ジャンルには新しいブランドを投入してテコ入れするようです。「サッポロビールの全てをつぎ込んだ自信作」とのことなので楽しみですね。
【サントリー】
サントリーは、施策というわけではないんですが、事業方針のなかでプレミアムモルツよりも金麦を上に持ってきているのがちょっと衝撃でした。構成比率では以前からすでに金麦のほうが倍近くになっているんですが、事業方針ではこれまではビールのほうが先に言及されてきていました。今年の事業計画ではとうとう金麦のほうが上に。感慨深い。そして、その主軸である金麦の味を春夏秋冬で季節ごとに切り替えていくという大胆な施策も発表されました。季節限定モノというのは各社あったけれど、主力ブランドそのものの味を切り替えていくというのは聞いたことがないような。どの程度の幅で味に違いを出すのか、これもとても楽しみ。
ここからは、トピックごとに各社横断で。
【泡】
2018年にサントリーが「神泡」という言葉を使い始めたのを皮切りに、2019年にはサッポロもより白く美しい泡を推し始め、とうとう今年2020年はアサヒも泡市場に参入です。クリアアサヒを「泡までおいしく楽しめる新ジャンル」としてプロモーションしていくとのことです。さて、残るはキリンです。いずれこの泡推しに何らか参戦するんでしょうかね。あ、泡をなにかするという意味ではフローズンがあるか。まあでもここでは泡そのものにフォーカスするという意味で。
【家庭向け】
やっぱり家庭向けのニーズは重要視されているんだなぁ、と感じる記述もちらほらあります。まずはなんと言ってもアサヒ。先程も3つが3つともスーパードライの施策だと書いたけど、さらに言うならそれら3つがすべて家庭向けの項目を含んでいます。家でエクストラコールド、家に届く鮮度実感パック、春限定のスペシャルパッケージ缶。キリンも「缶商品の販売数量は3年連続で前年増を達成」、サッポロが「サッポロ生ビール黒ラベルの缶商品は、5年連続売り上げアップ」と缶商品の売上増を強調しています。
【酒税法改正】
今年10月に行われる予定の酒税法改正に関して、キリンとサッポロともにビールカテゴリの伸びが期待されると書いています。各社とも段階的な酒税法改正を見込んだ形でビールへの取り組みには注力してきているので、その効果がいよいよ試されるフェーズが近づいてきていますね。その一方でサッポロは新ジャンルに対する「おいしさに対するニーズがますます高まる」と書き、キリンは「市場拡大が見込まれるRTD」としてビール以外のカテゴリにも言及していました。加えてキリンは酒税ではなく消費税を理由として、新ジャンルに対して「節約トレンドが進み、お客様から高い期待」が寄せられると書いています。酒税法改正だけを考えるとビールの重要性が増していく一方で、実際の数字としては現状で大きな鍵を握っている新ジャンルなので、このあたり各社どのように力配分していくのか気になります。
その他の二社は税に関する言及なしでした。
【アルコールフリー】
個人的にとても期待しているアルコールフリー。ここ最近は機能性重視で推移してきたところに、昨年はなんと四社中三社が機能性ではなく味を謳うという素敵な一年でしたが、果たして今年は。まずはアサヒは「『アサヒドライゼロ』を中心にブランド強化や、飲用シーンの創出を図」るということで、機能性や味には特に言及していません。キリンは機能性を謳ったカラダFREEと、味を重視したゼロイチとの二本立てのようです。サントリーも同様で、主軸のオールフリーでは「爽快さを突き詰め、中味・パッケージともに刷新」するとともに、からだを想うオールフリーでは「“高機能系”市場のさらなる拡大を図」るとのことです。サッポロは残念ながらアルコールフリーへの言及はありませんでした。機能性が中心に言及されていたここ最近の流れに対して、昨年出てきた味への回帰の動きが今年もある程度継続されそうなのでホッとしました。
【クラフトビール】
クラフトビールを一番大きく取り上げているのはやっぱりキリンですね。「2020年の取り組み」に挙げられている三本柱のうちの2つ目の柱が「クラフトビール事業への注力」で、Tap Marche、SVB、ブルックリン・ブルワリーの3つが挙げられています。さらには3つ目の柱「CSV経営の推進」にもクラフトビール関連の取り組みが多く挙げられていて、さきほどのTap Marche、SVB、ブルックリン・ブルワリーすべてがこちらでも言及されています。
続いては、なんとサントリーが「「TOKYO CRAFT(東京クラフト)」ブランド」として項目を一つ割いて言及していました。2015 年にクラフトセレクトを発売して以降も一度も年間事業方針ではクラフトに言及したことのなかったサントリーが!具体的な取組の内容は書かれていませんが、リニューアルがあるようです。もう一つ結構衝撃だったは、売上の数値目標が「16万ケース(対前年142%)を目指します」として提示された点です。もちろん内部的にはこれまでも売上目標をおいてきているのでしょうが、こういう IR 的なところにクラフトビール事業が売上目標とともに提示されるようになったんだなーと。サントリーの株は買えないのでぼくも別に株主でもないし、未達だったからって総会で詰めたりさるものではないだろうけどさ。
そして、逆の意味で驚いたのがサッポロ。今年はクラフトビールの取り組みに関する言及がないのね……。寂しい。ビールの多様な楽しみ方、みたいな観点は、今年のリリースの中だとアンカーの商品への言及でカバーされている感じなのかしら。でも、あとでも触れるけどホップについては今年も言及があって、サッポロのクラフトビールの取り組みはホップの取り組みとも大きく関連しているので、クラフトビール関係の取り組みが止まるわけではもちろん無いだろうけれど。
アサヒは今年も昨年に続いてクラフトへの言及なしでした。大手四社では一番長い歴史があるのになぁ。
【ホップ】
先に言及したのでまずはサッポロから。サッポロは「2020年の事業方針」と同じレベルの項目として「サステナビリティ経営の推進」として「大地と、ともに、原点から、笑顔づくりを。」という方針を掲げ、その中で「大麦とホップの育種」や「協働契約栽培」といったホップにかかわる項目も取り上げられています。これは年ごとの方針とは独立した項目となっているので今年だけの話ではなく中長期計画やもしくはキリンにおけるCSVのような位置づけで、今後も長く継続的に取り組んでいくものだと思われます。今回の事業方針では具体的にどういった取り組みを行うという話は出ていませんが、今後もこうしたホップに関する取り組みは楽しみだし注目したいです。
そしてもちろんキリン。このあたりの活動には一部僕も関わらせてもらっているので、ここではどういった細かさで書けばいいのかちょっと難しいけれど。まずはキリンが日本国内で調達するホップの量に 2027 年で 100t という数値目標が掲げられました。これは調達量向上の目標ではなくて、調達量が落ちてもこのあたりまでにとどめる、という目標だそうです。我々だけではなくて全国各地で様々な方が様々取り組みを行っているし、もちろん明るい話題も色々とある一方で、数字は数字として今がどういった状況にあるのか、きちんと現状把握しておかなければ。そしてなんと今年は「フレッシュホップフェスト」が事業方針で言及されました!おー。とうとう!ありがたいことに参加いただけるホップ生産者、ブルワリー、ビアバーも年々増えてきているので、今年はリリース中にもあるようにさらに拡大、話題化することでホップのことがより多くの人たちに伝わると良いな。この項目でもう一つ「おっ」と思ったのは、「ビール市場の魅力化と、当社売り上げ向上を目指します」という一文。CSVの活動の一環で「売り上げ向上」という言葉が入ってくるのは今まであまりなかったんじゃないかという印象だけど、もちろん最終的にはそこにきちんとつなげていくことが、ホップの生産が経済的に成り立つためには必要な条件の一つなので、とうとうそのあたりが見える規模まできたか、という話なのかな。とはいえで、CSV は単年で売上が上がらなかったら取りやめる、といった性質の取り組みではないはずなので、日本産ホップを盛り上げる取り組みそのものは目の前の数字ばかりにとらわれずじっくりしっかり行っていければ。
あとは一応、サントリーがプレミアムモルツ 香るエールのリニューアルと関連して、使用するホップ品種を挙げているけれど、これは取り組みというわけではないので特にここでは取り上げません。
アサヒは残念ながら今年もホップへの言及なしです。
【その他気になるポイント】
ここは思いついたことをつらつらと。
まずはサッポロが昨年挙げていた「オンリーワンの取り組み」が、今年は取り上げられていませんでした。Hoppin’ Garage、フォトビー、びあけんです。特に Hoppin’ Garage は面白い取り組みだと思っているし、ぼくも結構参加させてもらっているので、今年載っていなかったのはちょっと残念。とはいえ、どれも取り組みをやめるという話ではないはずなので、事業方針に入っていなくても今年も面白い動きになっていくといいな。
あと、キリンの Tap Marche が今年もまた 6,000 店舗増を目指すというのもすごい話です。昨年で 13,000 店舗に届いたとのことなので、今年さらに 6,000 店舗が増えると 20,000 店舗に迫る勢いです。これは、コンビニの店舗数でいうと今年中にローソンを抜いてセブンイレブンに迫るという数字ですね。それだけの数のお店にクラフトビールを楽しむためのインフラが整っていくことは、ビールの今後にも重要な影響を持つ取り組みであるのは間違いないでしょう。
もう一つキリンの話になるけれど、ブルックリン・ブルワリーのフラッグシップ店をオープンするにあたって、コミュニティ形成や街の再活性化といったあたりまでも視野に入れているのがとても面白いです。一昨年にポートランドを訪れた際にもそういった事例についてヒアリングさせてもらったし、そもそもブルックリン・ブルワリー自体もニューヨーク ブルックリン地区の再活性化に大きく寄与した経緯があるし、そしてどちらの街もとても活気あふれていてほんと面白い街でした。ビールがこういった役割を担うポテンシャルは大いにありうると実感しているだけに、この取り組みは非常に気になっています。ビールはビールだけで閉じている世界ではなくて、背景には原材料とその生産者さんもいて、ビールになったあとはそれを楽しむ人と場所があります。最初のほうの話とも関連するんだけど、「コト消費」とか「多様な楽しみ方」みたいな話であったり、数量にとらわれない価値の創出、みたいなことって、まさにこういったことこそが期待されていることのひとつなんじゃないかと思うんだけどな。
という感じで、2020年もビールを楽しんでいけたらと思います。