愛してますって思った
どうにも不安なので、愛について書こうと思う。
愛ってなんでしょうね。
私自身はかなり不安定な人間で、穏やかに人に好意を持つことが非常に難しい人間だ。でもなんとなく、一緒にいることを思い浮かべたときに光の降り注ぐ窓辺にいるような相手のことを多分、「愛してる人」と言うのだろうな、と思う。満たされるって何だろう。私は安心できることだと思う。一緒にいる、ただそれだけでいい相手がいればいいと、思う。
もののけ姫のアシタカとサンってあの後どうなったのかなっていつも思う。そもそもアシタカがサンに投げた守り刀ってアシタカを思う少女が、自分が独り身で死ぬことになるのに渡したものでは??いや、守り刀の娘はちょっと話がややこしくなるからいいんですけど、文化が全く違う二人が、心を通わせてお互いの場所で生きるってどんな感じなんだろう、と思う。
穏やかに好意が持てないって、つまりは激しい好意しかないのだ。相手のすべてを手に入れてもまだ足りないような好意だ。多分食べてしまってもまだ足りない。穏やかに安心して、一緒に日向ぼっこができるような相手は正直難しい。一番穏やかでないのは私だからだ。
アシタカとサンほどでは無いにしても、人は誰でも少しずつ違う文化で、個々の社会があって生きている。全く重なることなんてありはしない。いや私だって穏やかに接したいのだ。でも、何でだろうできない。愛してるなら、仕事で他の人と話すのを見るのも嫌なのだ。
こう書くと特定の個人に対する感情に見える。特定の個人に対してもってる感情ではもちろんあるんだけど、これがすべての人に対して向けてる感情でもあることが一番穏やかでない。自分がおかしいのはよく分かってるけれど、感情としてはそうなのだから仕方ない。特定の個人は、私の周りの人すべてなんだ。いや、うそ、その中に特に強い感情を抱く個人はいるけど、濃淡あれど全く同じなのだ。私以外の人と話していい人なんて存在しない。
本当に、感情としてはそうなのだ。狂ってる。
でも本当なんだ。愛してますって思った。本当に。すべての人に。
中身はこれぐらい狂ってても普通に働いてるんだから人間って面白いよなって思う。全ての人を本当に愛してますが、この感情のままいると全部壊してしまうし社会で生活することが困難なので、線を強く引いて同じぐらいの距離をすべてからとるようにしている。時々飛び越えてしまう人がいるけれど、その人たちには個別に線を引いている。
自然にできないから、意識して引くしかないのだ。
意識して引いても、飛び越えてしまったあなたを愛せてよかったと思った。