花との対話
これから何かが書かれていく、まっさらな画面を前にすると
何を…と、一瞬の間が起こる。
そして、おそらくこの間が大事で、
そこに何かが降りてくるんだろうなとふと思った。
今朝、自宅の外回りを掃除していた。
この時期は、落葉も少なく、草ぬきや虫対策にも追われず、
ゆるゆるとした春の空気に触れながら
次々と咲いてくる花に癒されるとき。
今は、つわぶきの艶やかな緑の葉の間から
これまた鮮やかな黄色い花がしゅんしゅんと咲いてきて、
目を楽しませてくれている。
マゼンタ色のフクロナデシコも、
次々とタネを飛ばしながら、気が付くと至るところで咲いている。
よく見てみると、使っていないプランターの中や
コンクリートの間にも、いつの間にか花が咲いている。
この花たちは、
「なんで私だけここで?」なんて、
チラとも思わないんだろうな。
というか、そういう概念すらないんだろうな。
そんなことをぼーっと考えて手を動かしながら、
もし今ここに意識が向かなければ、
この花たちは少なくとも、私の中に存在しなかったのかなと
ふと思った。
見えていても見えていないというか…。
そこに一瞬、存在の危さや脆さを感じた。
気づいていない膨大な何か、在るのに無きものとなっているもの…
その掴めなさの前に、なんともいえない心もちになった。
そんなことを感じていると、花が私に囁いたような気がした。
「私は私を生きている。それが全てなの。」と。
そっか、誰かの中に存在するとかしないとか、
気づいてもらったとかもらわなかったとかそういうことではない。
各々が、各々の命を生きていること、それ自体が全てなのか。
花は続けて囁いた。(ような気がした。)
「でもね、あなたが私に気が付くとき、私も同時にあなたに気が付いているのよ。」
胸の中に喜びが湧いてきた。
なぜか清々しい気持ちになり、心が軽やかになった。
途方もなく掴めない「在りよう」のような何かを、
この瞬間花と丸ごと受容し合っている。
求めている何かがここに凝縮しているような気がした。