私が岩手から上京してICU(国際基督教大学)に入学した話①
こんばんは。みゆまるです。
社会人になって早2ヶ月半。
1年の4分の1が過ぎようとしています。
なんだか、時の流れは早いですね。
そんな私が最近思うことがあります。
大学生って楽しかったな。
そりゃ大学生なんて
バイトして遊んで飲み会して恋愛してるんだから楽しいだろ!
って多くの人が思うでしょう。
(まあ、日本では大学は人生の夏休みとまで言われてますからね…)
けど私の出身校「国際基督教大学」での大学生活は、
最高にクレイジーで、最高に楽しい
いわゆる「普通の」大学とはちょっとだけ違うものでした。
「ICUって全部授業が英語の学校でしょ?」
「帰国子女しか入れないの?」
「留学って必須なの?」
「そもそもどんな大学なの?」
大学生の記憶がまだ新しいうちに、私がICUに入った理由や、
そこで得たもの、そして今どんな風に自分の中で活きているのかを
数回に分けて赤裸々にお話したいと思います。
まずは、「私がICUに入学するまで」編です。
帰国子女?いえ、岩手から出たことありません
私の出身は岩手県盛岡市で、生まれも育ちも盛岡、
上京するまで18年間ずーっと住んでました。
けど、英語は4歳くらいから教材で勉強してました。
両親が「英語を話せなくて、新婚旅行で食べたいものが食べられなかった」
という苦い思い出があるらしく、この子は外国に行っても
好きなものが注文できるように!という何とも食いしん坊な動機で(笑)
私に英語を習わせてくれたんです。
8歳からECCもずっと通ってたので、耳だけは英語に慣れていたんですよね。
そこは、本当に両親に感謝だなと思います。
そうやって英語を勉強していく中で、
「英語を勉強すれば世界中の人と仲良くなれるんだ」と
ぼんやりと、子供ながらに思ったんですね。
ECCの先生がアメリカの大学に通った方だったので、レッスン中にいろんな国の文化や食べ物、場所やことわざなど英語以外の様々なことを教えてくれて、それを聞くのが楽しかったのを覚えてます。
地球上には私の知らない素晴らしい景色や、何千年も立っている建造物があって、全く違う文化・環境で暮らす人々がいるなんて、なんて素敵なことなんだろう!
と思った小さな私は、大好きな世界遺産の図鑑を眺めながら、
まだ見ぬ憧れの海外に想いを馳せながら、楽しく英語を勉強していました。
中学時代には、初めての海外・カナダのビクトリアにて
語学研修に参加して、ホームステイや現地校での授業も体験し、
さらに外国への憧れが募っていたような気がします。
進学校での挫折、そして決断
高校は、理数が強い進学校に入学したので、
数学のテストは95%の確率で追試を受けていました(おい)
(できなさすぎて、問題の解き方を丸暗記していたくらいできなかった)
↓大嫌いだった問題集・4STEP。
嫌いすぎて、絶版になればいいと思ってた。(ごめんなさい)
担任が数学の先生だったのですが、放課後いつも質問して、
懇切丁寧に教えてもらったのに成績が伸びなくて謝ったこともありますw
(フォローするようであれですが、数学も理科も先生がとても大好きだったので、点数は取れなかったし4stepも嫌いだったけど、やれば楽しい科目だってこともちゃんとわかってました!!!)
最初は国立大学を目指して頑張っていたのですが、
どんなに頑張っても数学や理科が上がらない。
周りが優秀過ぎて、劣等感だけが募っていく。
このままじゃ、センター試験の時点で国立大学になんか行けない。
そんな焦りを感じて、数学や理科の勉強に時間が割かれるうちに、
得意の英語や国語の点数もどんどん悪くなって、
高2の秋、今まで取ったことの無い順位を目の当たりにしました。
今思うと完全に現実逃避だったのですが、
「アメリカの大学に行きたい」という爆弾発言をして、
「アメリカの大学に行くとかかる諸費用」を概算したり、
そんな暇あるなら勉強しろと言いたくなるような迷走っぷりでした。
このままじゃやばい。
そんな焦りを感じた私は、一大決心をします。
私大文系に絞った受験対策をしよう!と。
志望校チェンジ!そして推薦枠ゲットへ
私大文系にすると、今までセンターに向けて必死で勉強していた数学や理科がいらなくなります。(私の志望校群はそうだった)
私がそれ以前に目指していた千葉大学文学部は、国立だったのでセンター必須だったんですよね。75~80%平均くらいだったかな。
数学や理科いらないなんて、なんたる開放感…😂
微分積分も細胞の名前も全部忘れられる…(違う)
今まで足かせになっていた数学や理科は常に置き勉し(おい)、
定期考査前に一夜漬けで臨み(おいおい)、
内申に響かない必要最低限の成績を保つようにしていました(おい!!!)
ちょうど高3から、通っていたECCの高校プログラムで、
より高度な英語習得を目指す新コースが開設されたので、
そっちの勉強が楽しくなって、空き時間は常に英語、ずーっと英語。
みたいな生活を送っていました。
どれくらい英語だったかと言うと、ユメタン1をお風呂で水没させるくらい
ずーーーーーーっと英語でした。
そんなこんなで、いよいよ志望校どーしよ。と思った時に、
大学パンフレットを一括で取り寄せたタイミングがありました。
その中には、早稲田大学国際教養学部や、立教大学異文化コミュニケーション学部、青山学院大学英米文学科、獨協大学外国語学部など…
結構有名どころを取り寄せた中にあったのが、ICU(国際基督教大学)だったんですよね。
キャンパスの緑豊かで広々した開放的な雰囲気、
英語だけじゃなくもともと興味があったメディア論や心理学、
その他さまざまな学問を学べる柔軟なカリキュラムに惹かれて、
気付けばずっとパンフレットを眺めていました。
あと、卒業式にキャップとガウン着れるんですよ!
↓実際の卒業式の写真。卒業式名物・キャップ投げの様子
何度も家族会議を重ねて、ICUに出願することにしたのがちょうど
高3の6月。5年前ですね、懐かしい…
担任の先生にその旨を伝えると、予想以上に応援してくれたのが嬉しかったのを覚えています。
センター試験での入試がICUにはなかった上に、知能テストのような変わった入試問題だったので、いわゆる日本の大学受験対策はあまり役立たず、「一から勉強し直しか…」と気が重くなったのですが!
そんな時、朗報が舞い込みました。
私の通っていた高校にはICUの指定校推薦枠があって、一定以上の成績や内申点があれば推薦してもらえたんです。
もちろん校内審査は厳しかった(らしい)のですが、ありがたいことに推薦枠をゲットすることができ、長丁場と覚悟していた私の受験は、あっという間に年内に終わってしまいました。
「得意なフィールドで勝つ」ということ
こう書くと、「成績上がらないから国立受験から逃げただけじゃん」「私立文系の推薦受験なんて楽でいいよね」みたいなことを言われてもしょうがないかな、と思います。
実際、私立大学入学には経済的な事情も絡んできますし、とても恵まれた環境だったからできた決断だ、ということもわかっています。
実際私は高校の時決して「優等生」ではなかったのですが、
ネイティヴスピーカーと英語でディスカッションしたり、
TOEICやTOEFLの勉強をしたり、字幕なしで映画を観たり。
英語の勉強が好きで、他の勉強を捨てて選択肢を狭めてでも
英語を上達させたいと思っていたその気持ちは誰にも負けたくない!と思っていました。
東進ハイスクールの講師で、テレビでも大活躍の林修先生の言葉で、
感銘を受けた名言があります。
今活躍している著名人を見ると、
「すべての分野で優秀ではないけれど、とても好きなフィールドがあってこれだけは誰にも負けない」
という尖った個性がある人が多いような気がするんですよね。
高校の時、良くも悪くもマイペースな性格の私は、
一番最短距離で、ベストな選択ができるように
虎視眈々と受験対策をしていたような気がします。
校内推薦や推薦受験は、受験戦争で殺伐とした進学校では白い目で見られることもありましたし、話したこともない同級生から陰口を言われてちょっとだけ落ち込んだりもしました。
けど、私が逆の立場でもそうなっていたかも、と思ったし、受験はストレスがかかるものなので、本当に仕方ないな、と思っていました。
変に馴れ合わず、「自分は自分、人は人」と割り切れる人にはおすすめの受験方法かな、と思います。
と、長くなりましたが私がICUに入るまでのお話でした。
ですが、そんな私が、大学入学後に
英語で挫折するとは、このときは夢にも思っていませんでした…
続編↓
私が岩手から上京してICU(国際基督教大学)に入学した話②はこちら!