すべての矢印は「自由」へ 〜私のにゃらティブ 3
●ここからが地獄の1丁目
フリーランスの仕事に疲弊していた、ちょうどその頃、縁があり結婚した。
オットは、元々自営業志向が強い人で、会社を辞めて新しい事業を立ち上げることになった。自分の仕事に疲れていた当時の私にとっては渡りに舟。話がどんどん進み、結局、私名義で会社法人を立ち上げることになった。レジャー関係の事業内容には、全く興味がなかったが、会社をつくることには少しときめいた。
だって、会社なんだから、1人で働くわけじゃない。役割や仕組みをつくれるんじゃない?もしかしたら、その先に「自由」があるかも。
…能天気すぎる。「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のように、瞬足で過去に戻って教えてあげたい。「やめときな!ここが地獄の1丁目。ひき返すなら、今だよ!」と。
●失われた9年
結論からいうと、この9年後に多額の負債を抱えて会社をたたむことになる。
その9年間をかいつまんで言うと…
経理、事務、総務など私の苦手分野のオンパレード。→苦手なのでミスが多い。→ミスが多いとオットが怒る。→怒られるのがイヤで、報連相はしなくなる。
震災や自然災害などでレジャー関連事業傾く。→人件費カットで私もクタクタ。→資金繰りでいつも頭がパンパン。→毎日眠れない。
→事態はますます悪化。→夫婦ゲンカも増える。→離婚を妄想し計画する。→家にいるのがイヤでマルチまがいの化粧品販売にハマるが売上は上がらず。てゆーか購入するばかり。
もちろんオットにはすべて隠したまま。
私の頭の中には、いつも資金繰りショート、会社倒産の恐怖があった。
でも実は、それよりも恐ろしかったのが、その事実を知った時のオットの怒り。
最後の方では、オットに知られたくないがために、借りてはいけない「ナニワ金融道」のようなところでお金を借りたこともあった。いい勉強なった…もう二度と、ごめんだけどw
最後の数年は、私もちょっとおかしくなっていたと思う。
…そして、ある意味順当に資金繰りはショートした。
もう限界なのは、ずいぶん前からわかっていた。とうとうこの日が来てしまった。
忘れもしない2018年1月31日。
朝から情報番組は、今晩のスーパー・ブルー・ブラッドムーンという希少な天体の話で持ちきりだった。不幸な状況を幸運に転換してくれるという。こんな日に、そんな話どうでもよかった。
どうしても工面できないお金をなんとかしようと、家を出たがどうすることもできず、帰ることができなくなった。ずっとファミレスにいた。家に帰って、説明したら殺されるんじゃないかと真剣に思っていた。
結局どうしようもなくなり、泣きながら共通の友人に電話をかけ、間に入ってもらった。帰宅したのは翌日の明け方のこと。
オットは寝ていた。多分、寝たふりだったと思う。
友人いわく、事情説明した時は真っ赤な目玉がこぼれそうなくらいに、目を見開き怒りくるっていたそうだ。
第三者に入ってもらったことで、お互い多少の冷静さを取り戻し、翌日は駆けまわり、一旦資金を調達。
そこから半年、なんとかやりくりしながら経営を続けていた。
その間オットは何度も離婚すると叫び、私はオットの非を心の中で責め続けた。
結局は、資金繰りではなく契約面のトラブルがきっかけとなり、限界を感じ会社をたたむことになった。
これで何もかもから解放されると思った。心底、ホッとした…。
もちろん、そこからの4年半だって簡単じゃなかったけれど。
ここまで書いて、読み返してみて気がついたことがある。
「…なんか、思ったほど地獄じゃないような…。」
笑ってしまった。
地獄にはまっている時はわからなかったが、俯瞰してみれば、どれもよくある話だったと思う。
ミスもトラブルも、対処の仕方が見えてくる。
今なら自分の失敗を笑い飛ばせる。
ちなみに、もうおしまいかと思った夫婦関係は少しづつ修復し、今はふたりと3匹でまあまあ仲良く暮らしている。
ただし、猫たちがいなかったら、どうなっていたかわからないけど…それはまた別のお話…。
●いつだって生き方は、変えられる。
2018年1月31日。
あの日、私は「人生詰んだな…」と思っていた。53歳だった。
世の中で、こんなにアホで恥ずかしい53歳なんて、ほかにいないだろうと消えてしまいたかった。
でも今は、毎日ごはんを食べて、猫と遊んで、笑って、夢も目標もあって、夕方にはビールも飲む。
人生詰んでも死ななかったし、今からも生きていく。もっと新しい私になって生きていく。
人生詰んだワケじゃなくても、私と同年代で、今から人生変えたい…。でも遅いかな。
と思っている人は多いんじゃないかと思う。
結論
ちっとも遅くない。
なぜなら、私たちが大人になる過程を過ごしてきた時代と今では、状況が全く変わってきているから。
むしろ、待ってました!
こんな時代がくることを!と思っている。
みんなが持っているスマホの向こうに広がる世界には、新しい生き方の情報がいくらでもある。
どん底だった頃の私に教えてあげたい。
ところで「自由」は、手に入ったのか?
答えは80%の「YES」
実は「自由」は目の前にあったのだ。
グラス1杯の水に、窓からそよぐ風に、猫ののど音に。
気がつけば、日々の小さなカケラに自由は存在していた。
それは「しあわせ」と言いかえてもいいと思う。
残りの20%は伸び代だ。
もっと自由に、しあわせに生きる伸び代。
私は最近、スマホの向こうに、その伸び代を見つけた。
さらなる自由への入口。猫のような生き方。
Web3もNFTも、ちょっと聞きなれないけど、飛び込んでみれば怖くない。
泳ぎ方さえ覚えれば楽しめる。進む方向を見定めて。新しい時代の「自由」に向かって、生き方のOSを更新してみよう。
猫のように生きてみるのも、イイんじゃない?
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