綾瀬さんと真谷くん2 「真谷くんと私」
私には気になる人がいます。クラスでは目立たない、いつも本を読んでいて真面目そうな顔つきの真谷くん。優、という下の名前に相応しく優しそうな目の色をしていて、そして実際に優しいのです。学級委員の仕事が立て込んでいて大変な時に助けてくれたりとか、催し物がある時に議論が紛糾すると、双方の意見をまとめて、どちらがより良いかを私に代わって意見してくれたり。何かと煙たがられがちな私にも自然な態度で接してくれます。
簡潔に言いましょう。惚れてます。そりゃあちょろいと言われたらそうなのかもしれませんが、惚れたものは惚れてしまったのです。正直なことを言えば独り占めしたいです。優しいところなんか特に。でも、誰にでも優しいのが彼のいいところなので、そこはグッと我慢しましょう。
そう決めて数日、なんと彼に声をかけられてしまいました! 彼の方から何か言い出すというのは珍しいのです。心が上空一万メートルまですっ飛びます。その上内容は
「今日の放課後、話があるから教室に残ってもらえませんか」
だなんて。これはもしかするともしかするかもしれません! いえ、早とちりは禁物です。勝手に浮かれて違った時に悲しいのは自分ですから。深呼吸して、気をしっかり持ちましょう。
とかなんとか一人で茶番をやっているうちにもう放課後です! どうしましょう、これでなんかあらぬ噂が立っていて私が誰かをいじめていることになってたりしたら絶望的です。ああ、誰かのそういった嘘を聞いた真谷くんが正義感から私に忠告をするために残ってもらったとかそういうことじゃありませんよね? そんなんだったら私心臓が張り裂けて死んでしまう気がします。どうしましょう、緊張して落ち着こうにも落ち着けません。真谷くんは一旦用事があるとかですぐ戻ってくる、と言ったもののいつ帰ってくるかはわかりませんし。こんなに怖い思いをするのは多分初めてです。お化け屋敷より怖いです。
あ、彼が戻ってきました。心なしか緊張しているように見えます。無言でいるのもなんですから、話を振りましょう。
「お話って? どうしたの?」
普段より若干可愛らしく聞こえるように意識してしまうのは仕方のないことだと思いたいです。真谷くんに嫌われたら即死できる自信があるくらい、私は彼が好きなのですから。
「あの、綾瀬さん、僕と、付き合ってくれませんか?」
覚悟を決めたような彼の声が一瞬、空耳のように思えました。これは現実ですよね? OKしたら覚めてしまう夢だったりしないですか? こんな夢みたいなこと、現実にあっていいんでしょうか。
でも現に目の前の彼はぐっと口を引き結んで、緊張した面持ちと不安げな眼差しでこちらを窺っています。よく見ると、夕日のせいと言い切るのが難しいくらいに頬は紅くて、常時であれば熱でもあるのかと心配したくなるほどです。ただ、今この状況でその顔であれば話は違います。これでさっきのは空耳ではないことになります。だとすれば私の答えは一つ。
「……よろしくお願いします」
この一言に尽きるのです。タイミング良く風が教室に吹き込んできました。これではまるで少女漫画のようですね。
教室で二人きり、これはチャンスなはずですが、抱き合うことも触れ合うこともなんとなく気恥ずかしくて。結局最終下校案内の放送が流れるまで二人して見つめあったままでした。