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ピアノを楽しめるまでの遠い道のり
最近 やっと、ほんの少し ピアノを弾くことが楽しくなってきた。ジャズピアノに憧れを持ち、ピアノも音楽も大好きなのに、私にとってピアノは決して身近かなものではなかった。
幼少期にピアノを習ったのに、今は全く弾かないという人が日本中にどれだけいるのだろう。多くの人が 弾けるのに 弾けないのだ。音符も読めるし 指も動く。 ベートーベンの月光くらい弾ける人は多いはずだ。ピアノ学習歴のある人の 人口を考えたら、子供の誕生会でハッピーバースデーをさっと弾いたり、ちょっとした集まりでビートルズやクイーンの歌を弾いて 場を盛り上げる人で溢れていいはずだ。
現実は ほんの少数の 特別な人が ステージやホームパーティーでスポットライトを浴び、残りの、弾けるけど弾けない人達は、指をくわえて自分の技術の低さや 才能の無さを嘆くのだ。
弾ける技術を持ちながら、私達は何故、弾けなくなってしまったのだろうか?
私達はピアノを技術として学び、正しい事が絶対的で、ピアノは楽しむものであることなど1ミリも習っては来なかった。ピアノの先生たちも、その様に教えられてきたわけで、ピアノをまるで数学を教えるみたいに正しく弾く様に教えてきた。そこには弾く喜びや楽しさは存在せず、生徒はだんだんとピアノの練習に苦痛を感じるようになってくる。先生達も同じ様に感じていたのではないか? そもそも音楽に正しさなんて無いわけで、存在しないゴールに向かって虚しい努力をしてきたのかもしれない。
そして、いつの日かピアノをまた弾きたいという思いも完全に拭い取ることもできずに、仕事や家事/育児に追われる30年が経った。
ピアノに対する そんな思いを心の何処かに持ち続けながら、ふとしたきっかけで米国のコミュニティカレッジに通う機会を得た。ビジネスやコンピュータなど人気のある科目は定員一杯で、仕方なく、まだ空きのあった"ジャズの歴史"という科目を取った。
第1日目、始まる時間より少し早めに教室に着く。そこは小ホールといった感じで前方にはステージがあり、脇にグランドピアノが置かれている。ピアノを見てなんだか昔の恋人と再会したような気持ちが湧き起こる。黒人男性でサックス奏者でもある教授が、時間を持て余したのか、ピアノに向かった。若い学生達の甲高い笑い声や無駄話はマックスに達していたが、醸し出された深みのあるジャズのメロディは、たった一人の観客の私の耳と心に響き渡った。瞬時に 閃光が走った。これだっ、私がずっと求めていたものはこれなんだ、とその時直感した。
仕方なく受けた "ジャズの歴史"の授業は、私にとっては勉強というよりは喜びの時間となった。ジャズがどのようにアメリカで誕生し 初期のスコット ジョプリンのピアノに始まりチャーリー パーカーや、大好きなビリー ホリデイ、それからマイルスデイビスのビーボップから近代のジャズに至るまで、私は自分がスポンジになったみたいに知識を吸収した。私はやっと水を得てスイスイ泳げる魚になった。
それから私は専攻をビジネスから音楽に変え、ピアノと音楽理論を習うことになる。あるピアノの先生から教えられたことが今も教訓となっている。その先生の最初の授業は、人から"上手ね"と言われた時に素直に ありがとうと言えるようになる為の練習だった。音楽家は神経質で自分の演奏に自信を持てない人が多い。褒められても、自分なんて褒められるに値していないと思っているし、自分のダメさ加減をまくしたてる人もいる。そうじゃない。ただ、ありがとう、と言えばいいんだ。自分の演奏を良いと思ってくれる人は存在していると信じて良い、と生まれて初めて気が付いた。
もう一つ教えられた大切なこと。それは 間違いは美しい。だからそのまま平気で弾き続ければ良い。練習の時 間違いなく弾けたのに 本番で間違えてしまうことが多い。そんな時 身体中がアドレナリンの塊になり手も呼吸も止まってしまいそうになる。でも間違えは美しい、単なる個性なんだ という考えは 少なくとも 私を強くし 恐れない演奏者にしてくれた。
未だに主婦の趣味の範疇から出られない ピアノ弾きだが、自分の至ら無さも、不完全さも含め、ピアノを弾く という行動を愛してやまない気持ちだけには 自信がある。
そう、ピアノを弾くことが楽しいと少しだけ思えるようになった、それは事実だ。